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キズナのキセキ ACT0-8「理想の体現者」 ◆ 二階フロアへとつながる店内階段から上がってくる、細い人影。 花村は、片手をあげてほほえむ彼女の姿を認め、相好を崩した。 「こんにちは」 「おや……久住ちゃん、ひさしぶりだね」 「ええ、今回はちょっと長引いちゃって」 「遠征先は埼玉だっけ……どうだったの、遠征先は?」 「……イマイチでしたね」 微笑みながらも、辛辣な評価。 久住菜々子がここ「ポーラスター」に顔を出すのも三週間ぶりくらいか。 その間、彼女はまた武者修行と称して、他のゲームセンターを回っていた。 いまや彼女の二つ名も、『アイスドール』より『異邦人(エトランゼ)』の方が通りが良くなっている。 「最近は面白いバトルをする神姫がめっきり少なくなりました。噂の強い武装神姫を求めて大宮あたりまで行ったけれど……結局、勝つことだけを意識した連中ばっかり」 「それは仕方がないかもしれない。全国大会も盛り上がっていたからね。大会仕様のレギュレーションに合わせて、勝ち抜くことを考えると、どうしても似通ってしまうものだよ」 「それはそうですけど……」 菜々子は少し頬を膨らませた。いたくご不満な様子だ。 魅せる戦いか、勝ちを優先する戦いか。 彼女の疑問は、答えのでない問いである。 それこそ、前世紀の終わり頃、ビデオゲームで対戦格闘ゲームがブームになった頃から、幾多のゲームを経て問われ続け、未だに明確な答えは出ていない。 それは菜々子が、神姫マスター人生のすべてを通じても、答えが出ないかも知れない。 実際、ゲームのキャリアが菜々子の人生よりも長い祖母に、この疑問を投じたことがあったが、鼻で笑われた。そして、久住頼子の答えは、 「そんなの、楽しんだ方の勝ちなのよ」 それは答えになってないと菜々子は思うが、今考えると、頼子はすでに達観しているのではないか。 答えになっていない祖母の答えを思い出し、菜々子はそっとため息を付く。 「そういえばさ」 近くにいた『七星』のメンバーが、不意にこんなことを言った。 「最近、珍しい戦い方をする神姫がいるって、噂になってるけど、知ってる?」 「珍しい戦い方?」 「なんでも、インラインスケートみたいな脚部装備だけで戦うオリジナルタイプだって。俺も見たことはないけど、動きがすごいって噂だよ」 「動き、ねぇ……?」 聞いたことがない噂だった。 脚部パーツだけの装備というのが本当なら、ライトアーマークラスの装備より軽装だ。 それでフル装備の神姫よりもすごい動きができるというのは、ちょっと信じがたい。 「まあ、地上戦しかできないのは間違いないけど、『ハイスピード・バニー』って二つ名からして、かなり高速に動き回る神姫なんじゃないか?」 「ふうん……それで、どこにいる神姫なの?」 「T駅前の「ノーザンクロス」ってゲーセンだったかな」 「……すぐ近くじゃない!」 「ポーラスター」のあるF駅からは、電車で二駅しか離れていない。 すぐ近くで活動している神姫なのに、どうして『七星』の誰も噂を確認しに行こうとしないのか。その保守的な姿勢こそ、菜々子は批判しているのだ。 「あそこ、『三強』とかいう連中が幅利かせてて、雰囲気があんまり良くないんだよな」 「……だったら、わたしが行ってみる。『ハイスピード・バニー』がつまらない相手だったら、その『三強』ともどもぶっとばしてやるわ」 菜々子は不敵に笑う。 見たことのない相手に対する不安を闘志に変える術を、菜々子は放浪した二年ほどで身につけていた。 しかし、菜々子は同時にうんざりもしていた。 「全国大会常連」とか「エリア最強」とかいう肩書きの武装神姫とのバトルを求めて遠征し、実際何度も戦ったが、菜々子が記憶にとどめるようなバトルをしたのは二割に満たない。大会で勝とうとする神姫は、どうしても似通ってしまう。 菜々子が求める「魅せる戦い」は、「勝利を求める戦い」と対局にあることを、嫌と言うほど思い知らされていた。 そして、その二つを両立させようとする矛盾。「魅せる戦い」を求めながら、勝ち続けなければならないことの難しさ。 「魅せる戦い」は自分で戦い方を制限しているとも言える。単純に強い方法を使わず、あくまで自分の決めたポリシーからはずれた戦いはしない、ということなのだから。 菜々子の神姫、イーダ型のミスティは、魅せる戦いを旨としているが、勝利を優先する戦いもできる。 だからこそ、遠征先の強敵を相手にしても遅れは取らず、高い勝率を維持し続けられる。 しかし、「勝ちにいく戦い」は菜々子とミスティの本意ではない。 そこに生じる矛盾を、菜々子は嫌と言うほど感じていた。 だからこそ、面白い、珍しい戦いをする武装神姫とのバトルを求める。 そんな噂をたどっていった方が充実したバトルができる、というのも、遠征の経験から学んだことだ。 「でも、ライトアーマー程度なんでしょう? 秒殺しちゃうかもしれないわ」 「それで食い足りないなら、それこそ『三強』とやらもまとめて相手すればいいじゃない」 ミスティの不遜な言葉に、菜々子も自信満々で答えている。 花村は思う。 『エトランゼ』の実力は、もはや『七星』のメンバーを凌駕している。 桐島あおいとの再戦も近いのかもしれない。 だけど、桐島ちゃんに勝ったとして……久住ちゃん、君はどうする? 決戦の先、菜々子は何を目指すのか。大きな目的が果たされた後、強くなった彼女が何を望むのか。あるいは、大きな目的を失った彼女は、もう武装神姫をやめてしまうのではないか……。 花村は少し気がかりだった。 ◆ 翌日、菜々子はミスティを連れ、T駅で電車を降りた。 T駅はこの沿線で一番若者が多い街と言われている。近くに大学や予備校、学習塾もあるし、高校への通学バスも出ているから、自然と若者が集まるのだ。 もちろん、菜々子も何度かT駅で降りたことがある。 目指すゲームセンター「ノーザンクロス」ももちろん知っていた。 駅のバスロータリーから一本はずれた路地に入り、迷うことなく目的のゲームセンターにたどり着く。 肩に乗っているミスティと視線を合わせ、二人して頷く。そして、菜々子は敵地へと足を踏み入れた。 自動ドアをくぐれば、聞き慣れたゲームセンターの喧噪が彼女を出迎える。 一階の奥がこの店の武装神姫コーナーだった。 奥へと歩みを進める間に、バトルロンドの対戦を映す大型ディスプレイに目をやった。 「……この程度の対戦レベルの店に、面白い神姫なんているのかしら」 と口の中だけで呟く。 大きな画面上の対戦は、お世辞にもレベルが高いとは言えなかった。 その時、菜々子はふと視線を感じた。 武装神姫コーナーの奥の壁際に、二人の男が立っている。 真面目そうな青年と、ヤンキー風の大男。奇妙な取り合わせである。 その二人と視線が合う。 ちょうどいい。どうせ誰かに声をかけなければならないのだから、いっそこのまま彼らに協力してもらおう。 菜々子はその二人に向かって、まっすぐに歩を進める。 彼らの前に来て、 「こんにちは」 とびきりの営業スマイル。 これで九割がた、コミュニケーションは円滑に進む。菜々子が遠征で得た経験則である。 大男の方がこれ以上はないという嬉しそうな顔で応じた。 「こんにちは!」 「誰かお探しですか?」 菜々子は自分の営業スマイルを、斜めにすぱっと切られたような気がした。 真面目そうな青年は、表情一つ変えずに、言葉で切り込んできた。 大男の挨拶が終わるより早く切り出してきた、その妙なタイミングに、菜々子は少し驚いた顔を見せてしまう。 青年と視線が交わる。 ひどく真っ直ぐな視線だった。疑惑の色も、探る風もない。ただ真っ直ぐに菜々子を見ている。その視線で菜々子の本当の部分を見ようとしているかのようだ。だから、浮かべただけの笑顔を切られたような気がしたのだろうか。 菜々子は一瞬目を伏せる。 焦らなくてもいい。人を捜しにきたのは本当だ。用件を正直に切り出せばいい。 「ええ。……『ハイスピード・バニー』のティアっていうオリジナルの神姫をご存じですか? このゲーセンがホームグランドだって聞いたんですけど」 青年は眉根を寄せる。 この時気が付いたのだが、この青年は随分と端整な顔立ちをしていた。 「ハイスピード・バニー?」 「はい。なんでも地上戦専用の高機動タイプで、バニーガールの姿をしているとか。とても 特徴的な戦い方をすると噂に聞いています」 「……それで名前がティアなら、俺の神姫かもしれないけれど……。」 「本当ですか!?」 どうやら大当たりを引いたらしい。 この喜びは営業スマイルではなく、心からのものだった。 これが菜々子と遠野貴樹の出会いであった。 ◆ ミスティとティアの初戦は、ミスティの敗北で終わった。 試合後、菜々子は久々の満足感を覚えていた。 ティアは並の神姫ではなかった。リアルモードを出さなかったとは言え、あの軽量装備でミスティを翻弄した神姫は今までいなかった。 つまり、装備ではなく、マスターの戦略や戦術、神姫自身の技で、ミスティと同レベルの強さを持っているという事である。 そしてなにより、ティアの戦いぶりは美しかった。 菜々子とミスティは、こんな神姫と戦いたかったのだ。それがまさか、遠征先ではなく、地元にほど近いゲームセンターにいるなんて。 この神姫のマスターともっと話をしてみたい。 バトル終了後、すぐに彼に声をかけ、二人してゲームセンターを抜け出した。 こんなことは、遠征先でもしたことはない。 思えば、もうこの時には、遠野貴樹というこの神姫マスターに特別な感情を抱いていたのだろう。 駅前のドーナツ屋での時間は、あっという間に過ぎていった。 話すのはもっぱら菜々子だったが、遠野はずっと彼女の言葉に耳を傾けていた。 その会話の中、菜々子に分かったことがある。 遠野は勝敗に固執していない。納得のいくバトルであれば、負けてもかまわないとさえ考えている。 彼の対戦のモチベーションは、独特の戦闘スタイルを追求し、彼の神姫・ティアの能力を最大限引き出すことにある。 「俺は、『強い』と言われるよりも……そう、『上手い』と言われるようなプレイヤーになりたいんだろうな」 この言葉に、遠野のバトルへの姿勢がすべて現れている気がする。 菜々子は内心、驚いていた。 バトルの内容にこそ価値を見いだす姿勢。そのためには、バトルの勝敗にさえこだわらない。 かつての桐島あおいが目指し、菜々子が受け継いだ理想の、ある意味極端な形。 遠野貴樹という神姫マスターは、彼女たちの理想の一端を体現していたのだ。 「しばらくこっちのゲーセンに通うわよ」 遠野と別れた後、菜々子はミスティにそう宣言した。 菜々子は遠野に惹かれていた。そして、理想を体現するマスターの戦いぶりをもっと見てみたいとも思っていた。 ◆ しかし、理想の体現者への敬愛の念は、ある日唐突に裏切られる。 菜々子と同様に遠野と親しい大城大介が、ある日難しい顔をして、丸めた雑誌を持ったまま立ち尽くしていたのだ。 「どうしたの、大城くん。そんな顔して」 「菜々子ちゃん……」 どうにもばつの悪そうな顔をした大城。 いつも陽気な男だけに、こういうはっきりしない表情は珍しい。 菜々子が不思議そうに彼の顔を見上げていると、不意に背後から笑い声があがった。男たちの、蔑んだ調子の声。 振り返ると、そこには三強の一人が、取り巻きのメンバーと一緒に雑誌を広げている。 それが、今大城が持っている雑誌と同じものだとすぐに思い当たった。 「大城くん、その雑誌、何か書いてあるの?」 「あ、いや……菜々子ちゃんは見ない方がいいんじゃ……」 こういう時、大城は嘘が言えない性格である。 明らかに、菜々子が見て都合の悪いことが、その雑誌に書いてあるのだ。 「見せて」 「いや、でも、なぁ……」 しばらく迷っていた大城だが、うらまないでくれよ、と変な一言とともに雑誌を渡してくれた。 それは菜々子が今まで手にしたことも、手に取ろうとも思ったこともない、ゴシップ誌のたぐいだった。 ペラペラとページをめくり、雑誌のちょうど中央、袋とじになっているページで手が止まった。封は切られていた。記事のトビラに「神姫」の文字が踊っているのが異様だったことだけ覚えている。 意を決してページをめくった。 次の瞬間、頭をぶん殴られたような感覚、というのを思い知った。 「なに、これ……」 そこには、理想の体現者の神姫……ティアの痴態があった。なぶられ、犯され、悶える神姫の姿を、菜々子は初めて目にした。 そういうことがある、という事実は、知識で知っていても、目の前で画像として見せられると、ひどく生々しい。 「ティアは……風俗の神姫だったんだ……」 「ふうぞく、の……」 神姫風俗、というものがあることは、裏バトルに関わっていれば嫌でも耳に入ってくる。 バトルで残虐な方法で神姫を破壊するのにも吐き気がするが、性行為を神姫に働くことは、菜々子の理解の範疇を越えていた。 ティアは、人間の男の欲望を処理する神姫だった。 それじゃあ、遠野はいったいどうやって、ティアを手に入れたのだろう? 風俗店に通い、気に入った神姫を身請けした。それがティアだった……と考えるのが自然だろう。 ということは、遠野も神姫風俗の常連客だったのではないか? なんと汚らわしい! そこまで考えて、菜々子は遠野に「裏切られた」と思った。 理想の神姫マスターだと思っていたのに。 まさか、神姫マスターとして最低最悪の行為に手を染めていたなんて。 菜々子は、怒りと悲しみと失望と疑念が一度に押し寄せてきて、混乱し、頭がくらくらする。だから、顔に出てきたのは呆とした無表情だった。 肩の上の小さなパートナーが、なぜかわずかに眉をひそめただけで、いっそ冷静な様子が憎らしい。 菜々子は無言で、大城に雑誌を押しつけると、ふらふらとした足取りで店を出た。 その後、どこでどうしたのか、菜々子には記憶がない。 気がついたら、自宅のベッドでじたばたしていた、というわけだった。 ◆ 特別に思っていた男性の汚点を否定して見せたのは、彼女自身の相棒であるミスティだった。 ミスティは確信していた。遠野貴樹が神姫風俗に手を出すような人物ではないと。ティアと遠野の絆は本物だと。 なかば自分の神姫の言葉に引きずられ、菜々子は再び遠野を信じてみることにした。 ホビーショップ・エルゴに連れて行ったのは、菜々子が必死になって考えたアイデアだった。 いつもと違う服装で遠野を待ちかまえたのも、策と言うには幼稚だったのではないか、と菜々子は今思い出しても照れくさい。 しかし、結果はオーライだった。 真っ直ぐに向き合えば、遠野はすべてを話してくれた。 ティアを手に入れた経緯も、彼女に対する想いも。裏切られたと思っていた自分が恥ずかしくなるほどに、彼は真っ直ぐに、純粋に、ティアを愛していた。 それが分かったから、ちょっとティアに嫉妬した。 □ 「ずっと……出会ったときからずっと、あなたは理想の神姫マスターだった。その後も、本当にいろんなことがあったけれど、全部覆して見せた。自分の信念を持って、真っ正面から立ち向かった」 「それは……それが出来たのは、君や大城や……みんなのおかげだろ」 俺が言うと、菜々子さんは頭を振った。 「あなたはティアを助けて、風俗の神姫をたくさん救って、雪華やランティスみたいな実力者とも渡り合って……少しくらい、偉そうになってもいいものなのに、全然自分のスタンスを変えない。ただ、理想のバトルを目指す……その姿こそ、わたしの理想を体現したマスターだわ」 「そんなのは、買いかぶりだよ」 今度は俺が頭を振る。 本当にいろいろなことがあった。 セカンドリーグ・チャンピオンの雪華との対戦、バトロン・ダイジェストに記事が載り、周囲の見る目が変わった。 宿敵・井山との決戦。事件の終結。 チームを組み、仲間ができた。八重樫さんと安藤が持ち込んだトラブルも解決したっけ。 塔の騎士・ランティスの挑戦。 それから……菜々子さんの告白を賭けた対戦。 武装神姫を始めてから、まだ一年も経っていない。その間、息つく間もなく、怒濤のような日々が過ぎていった。 そして、俺たちはまだその激流のただ中にいる。 そのことを後悔しているわけではない。しているはずもない。 こうして菜々子さんと二人で話している今は、確実に過去の出来事からつながっているのだから。 菜々子さんを見る。 月明かりと小さな街灯の光を受けた彼女は、本当に美しい。 無性に、彼女がいつも見せてくれる、あの反則な笑顔を見たいと思った。 なぜ俺はこんな時にかけられるような、気の利いた言葉の一つも持ち合わせてはいないのだろう。 「……あした……」 「うん」 菜々子さんの微かな呟きに、俺も小さく応じる。 「明日……ついにお姉さまと戦うのよね」 「ああ」 「……勝てるかな」 「勝てる。それだけの準備をしてきた」 俺は嘘つきだ。 確かに、『狂乱の聖女』に勝つための準備は全てやった。だが、勝てるかどうかまでは、わからない。 だが、今この時、これ以外に彼女にかける言葉があるだろうか? 菜々子さんはゆっくりと俺の方を向いた。 吸い込まれそうな瞳の色。 「ほんとうに?」 「君が勝つ。それ以外は想定してない」 俺の視線は菜々子さんの瞳に吸い込まれた。 菜々子さんの引力に導かれるままに。 俺と菜々子さんの唇が重なった。 ■ 結局、わたしとミスティは、何も言葉を交わすことはできなかった。 わたしはミスティさんの想いを伝えたかったけれど、また激しい口調で拒否されるのではないかと思うと、声に出せなかった。 決戦を目前にして、ミスティの気持ちを乱したくなかった……と思っているのは、わたしの体のいい言い訳に過ぎない。 帰り道、マスターの胸ポケットの中で、考える。 無理矢理にでも伝えるべきだっただろうか。 たとえ拒否されたとしても、話してしまえばよかったのではないか。 でも、それじゃあ、本当の気持ちが伝わらないような気がした。 虎実さんは「想いは必ず伝わる」と言ってくれたけれど。 言葉がなくても、想いは伝わるだろうか。 わたしは一晩後悔しながら過ごし、いつの間にか決戦の朝を迎えていた。 もう後悔したところで遅いのだけれど。 もしわたしが、ミスティさんの言葉を伝えていれば、今日の決戦はまた違った結果になるのだろうか……。 ◆ 翌朝。 夜が明けたばかりの朝の空気は、肌にひんやりと感じられる。 街灯も消え、日が射し始めた。 花咲川公園は、その名の通り、東京湾に注ぐ花咲川の川沿いに作られた公園だ。この時期、桜並木が美しいことで有名である。 川沿いの道を迷うことなく歩を進める。 指定された場所……花咲川公園の表の入り口はもうすぐである。 朝六時ちょうどにたどり着くと、そこには小さな人影がひとつあるきりだった。 髪型はショートカット。ブラウスの上にハーフコート、細いジーパンを履いた、ボーイッシュな出で立ち。 銀色の無骨なアタッシュケースを手に提げている。 美しい顔立ちには、凛とした決意に一抹の不安を乗せている。 「……菜々子」 きれいになったわね。 桐島あおいは口の中だけでそう言った。 久住菜々子は微笑んで、あおいを迎えた。あおいもまた、微笑みで応える。 二人は無言で頷き合うと、並んで公園に足を踏み入れた。 満開の桜。 数え切れないほどの花が、今を盛りと咲き乱れ、並木道を淡い 桃色に染めている。 無数の花びらが音もなく舞い、並木道の先を霞ませる。 目指す場所は桜色に霞んだ道の先にある。 二人は並んで歩く。 その姿が霞みそうなほどの、桜の乱舞。 息を飲むほどに美しい。 その光景の中で、二人が手にしているもの……無骨なアタッシュケースだけが異彩を放っている。 桜吹雪の中、二人は静かに歩いてゆく。 「……こうして、またあなたと話せるとは思っていなかったわ」 「わたしもです、お姉さま……お話したいことが、たくさんありました」 「そう?」 「ええ」 「どんなことを?」 「たとえば……」 菜々子は少しはにかんで、そして言った。 「たとえば、そう、恋をしたこととか」 本当は、ずっとこんな話がしていたい。 いや、そんな日常を取り戻すため、菜々子はこれから戦うのだ。 二人の向かう先、桜吹雪の先にあるのは……決闘の地だった。 次へ> Topに戻る>
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ウサギのナミダ ACT 1-2 ■ 休みの日、マスターは朝早く起き、天気が良ければ近くの公園まで散歩に連れていってくれる。 わたしはこの朝の散歩が大好きだ。 ぴんとはりつめたように澄んだ空気、ひんやりと頬をなでる風、そして蒼く遠い空。 世界はこんなにも広く、きれいなのだと実感できるから。 そして、いつもは厳しい表情のマスターも、このときは少し優しい表情で一緒にいてくれるから。 わたしは、マスターの上着の胸ポケットから顔を出し、朝の世界を眩しく見つめた。 マスターの住まいから歩いて五分ほどで、目的の公園に到着する。 マスターによれば、この界隈では一番広いのだそうだ。 公園内は遊歩道が整備されており、昼間は散歩する人や、走り回る子供たち、のんびりと歩むご老人のみなさんなどがやってくる憩いの場だという。 わたしもジョギングをする人を見たことがある。 でも、日曜日の早朝は、たいてい誰もいない。 今日も人影はなく、わたしたちだけが公園内へと入っていく。 わたしは、マスターを見上げ、 「マスター」 声をかけた。 マスターがわたしを見つめる。 この人の視線はいつも厳しく感じられるけれど、いつもまっすぐだ。 わたしは小首を傾げるようにして、おそるおそるマスターを見た。 するとマスターは口元だけかすかに笑ってくれた。 「よし、行け」 マスターの許可が出た。 わたしは思わず笑顔になり、マスターの胸ポケットから飛び出した。 わたしの身長の何倍もの高さから、空中に躍り出る。 こわがらず、そのまま着地。 膝のクッションを効かせて、着地の衝撃を吸収する。 衝撃を完全に吸収してくれたのは、わたしに両脚に装着されたレッグパーツ。 マスターが作ってくれた、わたしのオリジナル武装だ。 わたしは、身体が沈み込んだ反動を利用して、前方に飛び出す。 レッグパーツのホイールが甲高い唸りを上げる。 わたしは腕を振ってバランスを取る。 一気に加速し、疾走を開始する。 風になる。 ここからはわたしの大好きな時間。 遊歩道を走る、疾る。 思うさま疾駆する。 ものすごい勢いで流れていく公園の木々。 風に溶けていくような感覚。 なんともいえない解放感がわたしを包む。 それは何度感じても、嬉しくて気持ちのいいものだった。 公園を囲む遊歩道の二つ目の角が見えた。 わたしはそこで体を起こし、スピードを落としながら一八○度ターンをする。 簡単なトリックだけど、きれいに決まったのが嬉しい。 わたしはまた前傾姿勢で走り出す。 わたしの大好きな時間の最後には、マスターが待っていた。 左の肘を水平に突き出して立っている。 瞳はわたしに不敵な視線を送っている。 これは課題だ。 神姫のわたしにマスターが出題するパズル。 わたしは、あのマスターの左肘に着地しなくてはならない。 先週は、マスターがベンチに座っていたから、難易度が上がっている。 わたしはスピードを落とさずにマスターへと駆け寄る。 そして走りながら、マスターの肘へと至るルートを見定める。 最後の数メートルを滑走し、タイミングを計ってジャンプ! わたしは、マスターの肘の先にあった公園の植木に飛びつくと、木の幹にホイールを走らせて、巻き付くように登り出す。 一気にマスターの肘の上まで登ると、そこでまたジャンプ。 着地点を見定めながら、一回転一回捻り。 回転を終えた瞬間、わたしはすとん、とマスターの肘の上にお尻から着地して座った。 「よし、上出来だ」 わたしのトリックプレイに、マスターは素っ気ない口調で、そう言った。 わたしは、さっきよりも和らいだマスターの表情を見つけて、やっぱり嬉しくなった。 にこりと笑顔をマスターに贈り、わたしは再びマスターの胸ポケットに滑り込んだ。 わたしの大好きな時間はこれでおわり。 でも、マスターの住まいに帰るまでの間、嬉しさでいっぱいになったわたしの胸はずっと高鳴っていた。 □ 散歩が終わり、朝食を食べて一休みしたら、俺は最寄りの駅前にあるゲーセンにティアを連れて向かった。 ティアをバトルにデビューさせて二ヶ月が経つ。 週末はずっとこんな感じで、散歩のあとでゲームセンターに足を運んでいる。 武装神姫のバトルは、公式の神姫センターや神姫を扱っているホビーショップなどでも楽しむことができるが、俺はもっぱら近場のゲーセンだった。 足を運びやすいのが一番の理由である。 もう一つはティアの武装だ。 ティアのレッグパーツは、俺が部品を集めたり作ったりして組み上げたオリジナルだ。 公式武装がメインの神姫センターは出入りしにくい。 雑多な神姫達が集まるゲームセンターの方が都合がいいのだ。 まだ昼前の時間帯で、ゲームセンターの武装神姫用筐体の周りもあまり賑わっていない。 その方が都合がいい。 むしろそれを狙って、少し早い時間帯に来ているのだ。 俺は対戦用の筐体に座ると、ティアをポッドに収め、サイドボードに武装を並べる。 ここでのバトルは、基本的にコンピューターを介したバーチャルバトルである。 俺はステージを「廃墟」に固定し、一人用のミッションモードを開始する。 コンピューターの出す課題を次々にクリアしていくこのモードは、一人でもバトルができるが、訓練に過ぎない。 俺はティアに細かく指示を出しながら、黙々とミッションを消化した。 つまりはこうして対戦者を待っているのだ。 対戦者待ちをするのには理由がある。 ティアの戦闘スタイルの特性上、市街戦しか有効に戦えないのだ。 つまり、ステージを固定するために、乱入者を待っている。 ……そう思っている間に、早速乱入者がやってきた。 三戦ほどやって、負けたところで席を立つ。 今日はいずれも地上戦メインの神姫とのバトルだった。 よく手合わせをする、顔見知りの常連さん達だ。 負けを喫したのは、バッフェバニー・タイプ。 あの神姫はティアよりも火力がある上に、機動性能もいい。ミリタリーファンに好まれる神姫だけに、市街戦での戦術は見事だった。 俺は神姫バトルを映し出す大型モニターを眺めながら、缶コーヒーを開けた。 「ティア。今のバトル、何が問題だった?」 俺は胸ポケットから顔を出すティアに尋ねる。 負けた後は、必ずこうしてバトルの検討をする。 俺たちは決して強いわけではない。 オリジナルのバトルスタイルを確立するため、細かく検討する必要があるのだ。 「えと……相手がビルにうまく隠れて、なかなか攻撃できませんでした」 「そうだな。市街戦の腕前も相手の方が上手だった。位置取りがうまかった」 「あ、あと、相手の攻撃にさらされることが多かったと思います」 「……こっちの行動パターンが研究されているかな」 「かもしれません……前に戦ったときとは違うタイミングや方向から攻撃を受けたような……」 バッフェバニーは銃火器による攻撃がメインだから、ティアは狙いをはずすような機動を心がけて戦うことになる。 ビルの壁や屋根も縦横無尽に駆け回るティアを、幾度と無く捕捉できるというのは、やはり行動パターンが読まれているのか……。 「いよう、遠野! 調子はどうだ!?」 人の思考を大声でぶちこわして現れたのは、革ジャンを着た派手な男だった。 「……大城、もう少し声を抑えてくれ。それでも聞こえるから」 「おお、うるさかったか? そりゃすまん、わっはっは」 なおのことうるさくしゃべるこの男は、大城大介。 以前バトルしたティグリース・タイプのオーナーだ。 おそらくは今も外に駐車してあるだろう、ごっついバイクを乗り回し、神姫にもエアバイク型のメカに乗せている。 シルバーのアクセサリーをこれでもかと身につけ、派手な柄のシャツに革ジャンという出で立ちは、どこからどう見てもヤンキーである。 バトルの後、難癖付けてきた大城を言い負かしたのだが、なぜか次に会ったときにはやたら気さくに声をかけてきた。 それ以来、俺の姿を見つけては声をかけてくるようになった。 俺たちのどこが気に入ったのだろうか。 それは目下、俺にとって最大の謎であった。 「……そっちは、来たばかりか?」 「おう。虎実のマシンの整備に手間取ってなぁ」 大城の肩を見ると、そこに彼の神姫・虎実が座って、こちらを睨みつけていた。 「……よお、虎実」 声をかけると、ぷい、とそっぽを向いた。 俺は小さく肩をすくめる。 虎実はいつもこんな調子だった。オーナーの大城の態度とは正反対だ。 「悪いな。こいつもほんとは照れてるだけなんだ」 「ばっ……! 照れてなんかいねぇ! 慣れ合うのがイヤなんだよっ!」 ムキになって否定するが、大城はせせら笑っている。 大城がからかい、虎実はさらにムキになる。 この漫才は、とうとう頭に来た虎実がクローを装備し、大城の顔をひっかくまで続くのだ。 ゲームセンターに通うようになって、俺の生活も変わった。 こうして神姫のオーナーたちと一緒に過ごす時間は、いままでの俺の生活にはなかった。 武装神姫を始めなければ、大城などとは一生会うことも話をすることもなかったかもしれない。 そう思うと、神姫はただバトルをするだけの存在ではなく、オーナーたちの枠を広げ、知らない世界を見せてくれる存在なのだと実感する。 「おっ?」 虎実にひっかかれ、顔中をミミズ腫れにした大城が、ゲーセンの入り口に注目した。 「遠野、あそこ見ろよ」 そこには一人の少女がいた。 大城は女の子に目がないので、妙にめざといのはいつものことだ。 だが、大城が注目するのも無理ないと思わせるほど、その少女は美人だった。 ショートカットにした髪と細いジーパンという装いのせいか、活発そうな印象だ。 手には、神姫収納用のアタッシュケースを下げている。 彼女はきょろきょろと店内を見回している。 「神姫のオーナーか……?」 俺が呟く。 すると、その声が聞こえたかのように、少女はこちらを見た。 視線が合う。 すると、少女はまっすぐこちらへやってきた。 隣で大城がなにやら喜んでいるような気配がするが、あえて無視した。 「こんにちは」 とても気さくな挨拶が、微笑みとともにすっと入り込んできた。 「こんにちは!」 「誰かお探しですか」 大城の挨拶が終わるのを待たずに、俺は本題を切りだした。 すると、彼女はちょっと驚いた顔になったが、すぐに落ち着いて、こう言った。 「ええ。……ハイスピードバニーのティアっていうオリジナルの神姫をご存じですか? このゲーセンがホームグランドだって聞いたんですけど」 俺と大城は顔を見合わせた。 「ハイスピードバニー?」 「はい。なんでも地上戦専用の高機動タイプで、バニーガールの姿をしているとか。とても 特徴的な戦い方をすると噂に聞いています」 「……それで名前がティアなら、俺の神姫かもしれないけれど……」 「ほんとですか!?」 このショートカットの美少女は声を上げて、にっこりと笑った。 ほとんど反則な笑顔だ。 「よかったぁ。会えないと大変なんですよ。何度も通わなくちゃいけないし」 「しかし、ハイスピードバニー?」 彼女が口にした呼び名だ。 そんなベタな名乗りを上げたことはないはずだが……。 「この近辺では有名ですよ。みんなハイスピードバニーという二つ名で呼んでますね」 俺は苦い顔をした。 あまり目立たないように戦ってきたつもりだったが、やはり特徴的な戦闘スタイルが目に付くのか。 しかも、二つ名まであるのか。 そんな心配と同じくらい、ひねりのないネーミングに不愉快になる。 「それで、君はわざわざ、ティアと戦いに来たというわけ?」 「はい。遠征して、いろいろなタイプの神姫と戦うのが好きなんです」 この少女は、迷い無くはきはきと答える。 年の頃は、俺と同じか少し下くらいだろうか。 武装神姫のプレイヤーにはとても見えない。 テニスか何かをやっていると言われた方がよほど現実味があった。 「バトルしてもらえませんか? 私の神姫と」 「君の神姫は……」 「ここよ、ここ」 小さな声がしたのは、彼女の肩あたり。 いつのまにか、一体の神姫が、少女の右肩に座っていた。 特徴的な巻き髪を揺らしながら、にこにこと笑っている。 「イーダ・タイプか……」 イーダ・タイプは高機動タイプのトライク型だ。 地上戦専門の神姫だし、確かにティアとは噛み合うだろう。 だが、本体がイーダ・タイプだからと言って、武装までそうだとは限らない。 「ミスティよ。よろしくね」 神姫は自らそう名乗った。 それを聞いた大城がいきなり叫びだした。 「イーダのミスティと言えば! もしかして、エトランゼ!?」 「……まあ、そんな呼ばれ方もしてますね」 「エトランゼ?」 俺は大城の方を向いて尋ねた。 すると、大城は大きなため息をついて、俺を見る。 「遠野、おまえは俺よりも神姫に詳しいくせに、なんで他のプレイヤーや噂には疎いんだ……」 失敬な。雑誌に出るようなプレイヤーたちなら俺だってチェックしてる。 大城はまたひとつため息をつきながら、俺に解説してくれた。 「『異邦人(エトランゼ)』のミスティと言えば、この沿線あたりじゃ有名な神姫だぜ。 噂になっているような強い神姫を相手にするために、あちこちのゲーセンやホビーショップの対戦台に現れる凄腕の神姫プレイヤー。 腕前もかなりのものらしい。それなりの腕の神姫をあっさり負かしたりするそうだ。 で、その神姫のマスターは、結構な美少女って噂だけど……」 大城はちらりとミスティのマスターを見た。 「噂通りってとこだなぁ」 彼女は困ったように笑っている。 「それで、あなたの神姫は? 今日は連れてきてないですか?」 「いや……ティア」 俺がそっと促すと、胸ポケットから、ティアがおずおずと顔をのぞかせた。 「わぁ、かわいい!」 少女は身を屈めて、俺の胸ポケットをのぞき込む。 ティアは恥ずかしいのか、半分顔をポケットの縁で隠しながら挨拶した。 「こ……こんにちは……」 「こんにちは」 返事を受けて、ティアはますます顔を隠してしまった。 「ティアは照れ屋さんなのかな?」 「ああ、ちょっと人見知りでね」 「噂通り、うさ耳なんですね。かわいいなぁ」 少女は無邪気に笑う。 なんだか、この笑顔に調子を狂わされっぱなしだ。 「それで、どうですか?」 「え?」 「私のミスティとバトルです」 「ああ……」 無邪気な笑顔とバトルという言葉に違和感を感じて、俺は少し戸惑う。 だが、断る理由がない。名の知れた、しかも地上型とのバトルなら歓迎だ。 「ティア、どうだ? やれるか?」 「マスターが……戦いたいというのなら」 俺は頷くと、少女に向き直った。 「フィールドは、廃墟か市街地。それでもいいかな?」 「望むところです」 そう言って、少女はにっこりと笑い、空いている筐体に歩み寄った。 俺も筐体の反対側へと移動する。 まばらだったギャラリーが、少しずつ俺たちの座る筐体の前に集まりだした。 まだ始まってもいないバトルにギャラリーがつく。 彼女の知名度と、俺たちの注目度は、俺が思っている以上のものであるらしい。 筐体のサイドボードに武装を並べ、バトルの準備をしていると、脇に大城がやってきた。 「なんだ、大城? 彼女の側で見てなくていいのか」 「おまえの次に、俺が対戦申し込むんだよ。おまえの戦略、しっかり見せてもらうからな」 すごみのある笑い。 なるほど、俺から戦略を盗もうという寸法か。 「だったら、一つ教えてくれ」 「おう、なんだ?」 「ミスティは地上型か、それとも違うタイプか。知っているか?」 「噂じゃ、普通のイーダだって話だな。 バトルを見た訳じゃないから、本当のところはわからんが、イーダのくせに、飛行型の神姫もあっさり倒すんだそうだ」 「本当か?」 「まあ、噂だがな」 大城は肩をすくめた。 その噂が本当だとしたら、ミスティは相当な実力の持ち主だ。 地上型の神姫が、飛行型の神姫から勝利を奪うのは難しい。自分より上にいるというだけで有利なのだ。 それをあっさり覆すということは、何か特別な力がある可能性が高い。 それが装備なのか、戦術なのか、策略なのかはわからないが…… 用心に越したことはない。 俺はそう判断する。 筐体の向こうを見てみれば、ミスティのマスターと目があった。 不敵な微笑み。 バトルに向かうにふさわしい表情になった。 なるほど、彼女も確かに神姫プレイヤーなのだ。 それでは始めよう。 俺はティアをアクセスポッドに送り込み、スタートボタンを押した。 次へ> トップページに戻る
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前へ 先頭ページへ 人間が生きていく上で最低限必要な物が三つある。 一つは衣服。 一つは住居。 一つは食事。 最低限、これらがあれば人間は生きていけるという。 が、しかしだ。 それらはそこらかしこに転がっている訳ではない。 それらは何の労力を使わずに入手出来る訳ではない。 それらを揃えるのに必要なものが一つある。 金だ。 この世で最も大事な物の一つ。 そして、人間が生活していく上で必要不可欠な物。 それはそこらかしこに転がっているかもしれない。 しかし、それは雀の涙程でしかない。 それは何の労力も使わずに入手出来るかもしれない。 しかし、それも雀の涙程だ。 生活していく為に充分な量の金を稼ぐには、汗水垂らして働くしかない。 それが金という物だ。 今日は快晴、気温も寒すぎず暑すぎずにすごし易く、風もそよ風程度。 外出にはもってこいの一日だと言える。 そんな日には弁当の一つでも持ってピクニックにでも行きたくなるのものだ。 この俺、倉内 恵太郎もそんな素敵な気分に晒されながら今日という素晴らしい一日を満喫していた。 「マスター、ジェットスラスターのタービンはどれを使いましょうか?」 「レニオスの8型で頼む」 カーテンの隙間から差し込む僅かな日光が薄暗い部屋に充満するほこりを照らし出している。 狭い部屋にはところ狭しとぼろぼろのダンボールが詰まれ、破れた箇所から金属のようなものがはみ出している。 部屋の中央に鎮座するちゃぶ台の上には大量のパーツが詰まれている。 そのちゃぶ台を挟み、向かい合うように座る俺とナル。 俺はPCに向かい神姫との神経接続とパルスの強弱、信号の精度を設定している。 ナルはその手に神姫用多目的ツールを、背部にストラーフ本来の機械腕を装着し、神姫サイズの精密機械相手に格闘している。 「マスター、島田重工の箱を取って頂けますか?」 「あいよ」 俺はPCから視線を外し、重い腰を上げた。 狭い部屋を見回して島田重工と書かれたダンボールを探す。 何を隠そうこの周囲に詰まれるダンボールの山、その全てに神姫用パーツが満載されている。 EDEN-PLASTICS、島田重工、BLADEダイナミクス、カサハラ・インダストリアル。 神姫好きなら一度は聞いたことのあるであろう企業の純正品、それらが大量に死蔵されてるのだ。 元を正せば俺が店頭で見かける度にちょくちょく買い漁っていたのが原因なのだが、男という生き物はいつまで経ってもそういう事が好きなもので、幼少の頃はプラモを山のように買っては積んでいたのを今でも覚えている。 それはさておき、案の定買うだけ買って全く使わないパーツも多数ある。 否、その九割が未使用で新品同様だ。 一割はナルの内部機構、旧銃鋼、ブーストアーマー等多数に一応使ったのだ。 だが、それでもまだ大量に使い道の無いパーツが積まれているのだ。 以前は買うごとにナルのお小言を頂戴するハメになり、心身ともに疲れたものだ。 だが、今は違う。 俺の財政を圧迫していた大人買いも今は俺の財政源となっている。 武装神姫の由縁たる『武装』。 それは企業・個人問わず多種多様な武装が市場に溢れている。 大抵、そういうものは大企業か著名なデザイナーが販売するのが普通だ。 しかし、大々的では無いものの、個人による武装販売というのも確かに存在する。 個人はイベントやインターネットを介した自作武装の販売が一般的である。 そう、何を隠そうこの俺も神姫の自作武装を販売する人間だ。 俺の場合はインターネットを介し、客の要望を聞く。 そして、予算や期間などを見積もり俺とナルが武装を製作し、客に郵送する。 これがまたかなり儲かるのだ。 一般に広く普及した神姫の用途は基本、バトルだ。 今は街中に留まらず学校の中にまでバトルスペースを導入している。 供給があるのは需要があるからだ。 そして、神姫の広いカスタイマイズ性。 人は基本的に人と同じ、というのを嫌うものだ。 その結果、市場には細かな神姫用のパーツが氾濫し、自分だけの神姫を作ることが出来る。 それでもまだ、人と被る事を嫌がる人間もいる。 俺の客はそういう種類の人間だ。 完全オリジナル。 オーダーメイド。 フルスクラッチモデル。 そういう言葉をちらつかせれば如何に無名の俺と言えど、それなりに客は引っかかるのだ。 が、だからと言って手抜きは一切しない。 ネジ一本からCPUに至るまで、品質には気を配る。 武装の試運転は念入りに行い、誤作動など無いようにする。 武装の品質がそのまま俺への信用に繋がるのだ。 「…これだな」 ベッドの上に山済みにされたダンボールの海の中、目的のダンボール箱があった。 俺は足元に注意しながらそこに近づき、周囲のダンボールを掻き分けてそれを持ち上げた。 顔の直ぐ下にあるダンボールから立ち上るホコリと機械油の臭いに顔をしかめながらナルの元へとそれを運ぶ。 「お待ちぃ」 中のパーツが傷つかないように心なしゆっくりとダンボールを床に下ろす。 「ありがとうございます、マスター」 そういうと、ナルはストラーフの機械腕を稼動させてダンボールを開け、ビニール袋に包まれたパーツ類をちゃぶ台の上に乗っけていく。 俺も再びPCに向かい、自分の作業に戻ることにした。 『ピンポーン』 来客を告げる呼び鈴が久しぶりに鳴り響いた。 扉の前には「新聞勧誘お断り」と「キャッチセールスお断り」のシールが張ってあるのでその線は無いだろう。 だとすれば大家の家賃収集か宅配便だが、どちらも心当たりが無い。 考えられるとすれば―――考えたくはないが―――警察というのも有り得る。 多少緊張を孕みつつ、俺は音を立てないようゆっくりと立ち上がった。 足元を覆いつくすダンボールを蹴らない様に注意しつつ、そう遠くない玄関へ向かう。 『ピンポーン』 台所が隣にある玄関へと辿り着いた俺はまず、覗き窓から外の様子を伺うことにした。 が、その時。 「しーしょー!お見舞いに来ましたー!」 玄関の扉をドンドン叩きながら大きな声で俺の事を呼ぶ声がした。 「アリカ、近所迷惑よ~」 覗き窓を見るまでも無く、そこにいるのがアリカと茜の二人であることは容易に想像できた。 (空けたくねぇ…) 今この扉を開ければ作業は中断を余儀なくされるだろう。 しかし、開けない場合はアリカはしつこく扉を叩き続け周囲に騒音を撒き散らすだろう。 そうなった結果、お隣さんとの付き合いが悪くなる可能性も充分にある。 近所付き合いの悪化によってかつては殺人事件さえ引き起こしたと聞く。 作業の締め切り自体はあと数日残っている。 「…いるから静かにしてくれ」 俺は観念して扉を開けた。 「お邪魔します、師匠!」 「出来れば邪魔はして欲しくないがな…」 扉を開けた瞬間、アリカはずけずけと部屋に上がりこんだ。 俺はそれに軽い眩暈を覚えた。 「どうしてもアリカが気になるからって来ちゃいました」 止めようと思えば止められた筈の茜も茜だと思ったが、それは口にしないで置いた。 「師匠…どうしたんですか?」 扉を閉め、振り返った俺に浴びせられた言葉は実に酷いものだ。 「すんごい散かってる…」 アリカは部屋を見回しながら言った。 「ダンボールには触るなよ」 俺はそういうと、足元のダンボールを数個持ち上げて隅に積んだ。 そうして出来たスペースに座布団を投げ置くとアリカと茜に言った。 「とりあえず座れ、話はそれからだ」 「それじゃあ失礼しま~す」 「今日は本当に散かってますねぇ、どうしたんですか~」 それぞれ違うことを言いながら座る二人を尻目に、俺は茶を淹れる為に台所へと向かう。 小さな食器棚の扉を開け、茶葉筒を取り出し蓋を開ける。 (…腐ってはいないか) 最後に開けたのが何時かは思い出せないそれだが、臭いから判断するに腐ってはいなさそうだ。 それを確認した後、ヤカンに水をいれてコンロにかけた。 水が沸騰するまでの間に急須の用意をする。 茶葉を適当に入れて湯のみを取り出す。 後は水が沸くのを待つだけだ。 「そうだ師匠、どうしたんですか学校に休学届けなんか出して!」 居間にいるアリカが声を張り上げて言った。 俺がアリカに背を向けていると言え、そんなに大きな声で言う事もなかろうに。 「…茜に聞け」 俺が説明してもいいのだが、それはそれで面倒くさい。 第一、アリカに俺の個人的な事情を話す義理もない。 しかし、今の俺がすることばアリカを早急に立ち去らせることだ。 茜に任せておけば、多分上手く説明してくれるだろう。 「何で?」 アリカは首だけをくるりと茜の方に向けた。 「先輩はねぇ…大学に入学した直後、新手の詐欺にかかって多額の借金を負ってしまったの…それを返済するために暇を見ては内職を…」 前言撤回。 ハンカチを片手に目じりを拭うようにしながら平然と嘘を付く茜。 しかし、その口元は確かに笑っている。 「師匠…本当なんですか!?」 ばっ、と振り返り涙目で俺を見つめるアリカ。 「んな訳ねーだろ」 それから視線を外して沸いたお湯を急須に注ぐ。 「先輩ノリが悪いですね~」 急須を軽く回しながら悪びれようともしない茜をどうしようかと頭を痛める。 「なんでウソ言うのよッ!」 「人生を面白くするのは一つの真実、百の嘘なのよ~」 女が三人寄れば姦しいとは良く言ったものだが、この場合二人寄ったら喧しいだ。 「とりあえず騒ぐな」 湯気の立つ湯呑みを二人の前に置き、俺も適当に場所を開けて腰を落とした。 とりあえず俺も茶を飲む事にした。 我ながら丁度良い濃さで淹れられており、大変おいしい。 「…で、師匠。なんで学校休んでるんですか?」 同じく茶を飲んで一段落着いたアリカが口を開いた。 どう説明したものか、俺は湯呑みを睨みつつ数瞬逡巡した。 「マスターが大学に休学届けを出したのは学費と生活費を稼ぐためです」 俺の前方、ちゃぶ台の上を台拭きで拭きながらナルが言った。 「そうなの?」 「はい。マスターと私で神姫用の武装を製作し、それを販売することで学費と生活費を稼いでいるのです」 俺が言わんとすることを手短に説明してくれた相棒に俺は視線だけで礼を言った。 「…でも、なんで学校休む必要あるんですか? 施設とかなら学校の方が整ってると思うんですけど…」 アリカが部屋を見渡しながら言った。 なるほど、確かにこの部屋は神姫の武装を作るには適さない。 アリカにしてはなかなか的確なツッコミだ。 「あのだいが」 「あの大学は研究以外での施設利用は禁じられてるのよ」 俺が説明しようと口を開きかけたその瞬間、茜が先に言ってしまった。 俺は半開きの口を渋々閉じて、その後に続く説明を考える。 「へ、どうゆこと?」 アリカは小首を傾げている。 「あそこはな」 「あの大学は研究以外では一切の機材・施設を使わせないのよ」 コイツ、絶対にワザとやってやがる。 その証拠に楽しそうな眼で俺のことを見てやがる。 「…だから、俺はココで内職してるんだよ」 他に言うことが無いので何とか締め括ろうと言葉を紡ぐ。 これまでの情報を統括すれば普通の人間ならとっとと出て行くだろう。 「そっか…師匠って大変なんですね… アタシに何かお手伝いできること無いですか!」 そんなささやかな願いは無残にも打ち砕かれた。 「いや、それよりとっととかえ」 「そうよね、先輩も一人じゃ大変よね」 更に踏み砕かれた。 結局、あれから無理やりアリカと茜は俺の仕事を手伝った。 茜はまだ良いが、アリカは本当に邪魔というしかなかった。 パーツを探すと言ってはダンボールを引っくり返し。 パーツを組み立てるといっては盛大に失敗し。 それに懲りて差し入れを作るといっては台所を爆発させ。 そんなこんなで日も暮れて、本気でアリカと茜を帰そうと言う事に相成った。 「うぅ…師匠、スイマセンお邪魔してしまって…」 アリカは全身ホコリとススと得体の知れない汚れだらけになりながらヘコヘコ頭を下げている。 帰るときに説教の一つでも垂れてやろうかと思ったが、そういう態度を取られるとどうも辛い。 「分かったからとっとと帰れ」 俺の態度はどっからどう見ても不機嫌そうに見えたことだろう。 本当の所、ありがとうの一言でも言ってやりたいところだがどうも喉辺りでつっかえてしまう。 「それじゃあ、先輩。お仕事頑張って下さいね~」 茜は茜でいつも飄々としているが、今この時だけはかなり楽しそうに見える。 「ああ、先輩達によろしくな」 「孝也先輩にもよろしく言っときますね~」 明らかに顔を顰める俺に、茜はさも面白そうに微笑んだ。 全く持って食えない奴だと思う。 「…それじゃ師匠、失礼します」 アリカはペコリと頭を下げるとトボトボと歩き出した。 それに一歩遅れて茜が歩き出す。 が、一瞬俺の顔を見やがった。 何故か凄まじい罪悪感を感じる。 「……試作品出来たらバトル付き合え!」 自分でも何でこんな事を言ったのか解らない。 だけど、喉から勝手に出てきてしまったのだから仕方が無い。 アリカはびくりと身体を強張らせ、一瞬の後勢い良く振り返った。 「はい! 喜んでッ!」 満面の、こちらまで嬉しくなる様な屈託の無い笑み。 釣られて笑いそうになるのを必死で堪える。 「それじゃっ!」 そう言うとさっきとは打って変わって早足で帰路に向かった。 茜も軽く頭を下げ、アリカを追った。 その表情も、アリカ程ではないが良い顔だった。 俺は一瞬二人の姿を見送ると、直ぐに玄関の戸を閉めた。 「ふぅ…」 何故か溜息が出た。 確かに疲れた。 けど、嫌な溜息ではない。 「マスター、楽しそうですね」 俺の胸ポケットからナルが声をかけてきた。 「そうか?」 「ええ、凄く楽しそうです」 俺にはその自覚は一切無いのだが、ナルが言うのだからそうなのだろう。 「楽しい、ね…」 思い返せば楽しい、と実感した事など余り無かった気がする。 幼少の時分には一度だけ遊園地に連れて行かれた事もあるが、両親共にジェットコースター初めあらゆる乗り物がダメで、俺が介抱してた嫌な思い出しかない。 小学校の頃も無愛想なガキだったと思う。 友達も人並みにいたが、深夜の学校に潜り込むとか下水道探検するとかそんな事も無かったので対して思い出に無い。 中学・高校と勉強積けだったので楽しい、と思う暇も無かった。 いや、ナルと出会ってからは変わった用に思う。 勉強一辺倒の高校生の時分に初めて神姫を手にして以来、神姫にどっぷりと嵌ってしまった。 学校が終われば直ぐにセンターに赴きバトル三昧。 「マスター、どうしました?」 ぼーとしてたのだろう、ナルが気遣わしげに声をかけてきた。 「いや、ちょっと考え事をね」 あの時の楽しいは違う。 今のナルの顔を見ると心底そう思う。 やがて大学に入り、入学式で裕也先輩と裕子先輩と出会った。 あれから一年と少ししか経っていないけど本当に、色々あった。 思い返せば泡の様に記憶が浮かび上がってくる。 裕也先輩に引っ張りまわされた事。 裕子先輩に叱られた事。 孝也に付き纏われた事。 茜に弄られた事。 そして、アリカに出会った事。 驚くほどに密度のある毎日だった。 「…今日の仕事はこれくらいにしとくか」 「マスター?」 その毎日のきっかけは、武装神姫だった。 「締め切りまでまだ時間はある。たまには骨抜きでもしないとな?」 「マスターがそう言うのでしたら…」 武装神姫を通じて知り合った皆。 「今日は鳳凰杯の特番があったな、それでも見よう」 「そういえばもうそんな時期ですね」 その毎日を齎してくれたナルに、最大限の感謝を。 先頭ページへ 次へ
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G・L《Gender Less》、それは失う事、狂う事。では、アイデンティティを失い、それでも尚“生きる”事を選択した神姫には、まだ何か失っていない部分、狂っていない部分があるというのだろうか? 否。それは人間になど推し量れる筈は無い。何故ならば、“アイデンティティを設定された人間など居ない”のだから。 G・L ~Gender Less~ 第1章 狂犬 闇、闇。飛、飛、飛、黒。 冬の夜の住宅街に飛び込む、3つの闇。それは3人の武装神姫。2人のアーンヴァルは装甲を黒く彩り、先頭を行くストラーフも【悪魔の翼】で軽快に飛ぶ。 飛来、飛来飛来、着地。開線。 「・・マスター、目標地点に到達」 一軒家の塀に降り立つ闇。ストラーフが無線を繋ぎながら、暗視スコープで周囲を警戒する。 『よし、周囲に誰もいないな? クロト、ラケ、アトロ、予定通りに1階南側の換気扇から進入しろ。今なら2階にガキが居るだけの筈だ』 「了解。以降無線封鎖します」 『期待しているぞ、お前達』 断線。飛、飛、飛。 「「「マスターの、為に!!」」」 MMSの暗部、その一つが犯罪への転用。未だ表面化していないとは言え、それは確かに増加していた。神姫も例外ではない。その為に法による登録の厳正化、機体リミッター、論理プロテクト等が存在するのだが、禁を破るのが人の世の常、そして完全なるプログラムなど存在しないのもまた、世界の常識。 今、不法侵入を試みる彼女達もその産物。違法改造コードによるプログラム改変、そして、“歪んだ愛”に彩られた武装神姫。主の為にと、彼女達は望んで、その手を罪に染める。 分解、解体。 慣れた手つきで換気扇を分解していくのはストラーフタイプの長女アトロ。残る妹達は周辺警戒をしている・・が、末のクロトは暇そうにあくびまで立てる。 「後少しでファンが外せる。警戒怠るな・・特にクロト」 「だあ~ってヒマなんですもん。マスターも言ったように誰も来る訳無いしぃ、ついでに寒いしぃ。ラケ姉さまもそう思うよね?」 「・・・」 クロトの問いにも、ラケは眉一つ動かさず、只黙々と警戒を続ける。同じアーンヴァルタイプと言えど、CSCによって刻まれた“心”はそれ程にも違う。 「あ~もうラケ姉さまもつまんないぃ~! 早く帰ってマスターと遊びたいぃ~!!」 「クロト! お前のその喧しい声が誰かに聞こえでもすれば忙しくもなろうが、そうすればマスターにお叱りを受ける事、判っているのか?」 「は、はいぃ」 アトロの怒号で、クロトはその小さい体を項垂れる。 分解、解体。 「あ~、少し曇ってるな~。お星様、なんにも見えないや。お月様は今新月だっけ?」 分解、解体。 「そう言えば、コレ上手くいったら、マスター新しいパーツ買ってくれるかな? アタシあのうさみみ付けてみたいぃ~♪」 分解、解体。 「ねえねえラケ姉さま、しりとりしない? じゃあアタシからね。え~っとぉ~、わ・・・」 分解、解体・・・止。 「アトロ、いい加減に!・・・」 轟粉砕。 「わぱひゃ!?」 「・・・わぱ・・?」 「・・・・!!?」 緩、落下、崩。 始め、それはクロトのいたずらと思い、また作業も終わりに差しかかっていたのでアトロは無視しようとしていた。 「・・・!!!」 急降下、抱、受止。 だが、無言のまま血相を変えて降下したラケの姿に、彼女は異変と感じ、彼女達の方を覗き見た。 「・・・! クロ・・ト!?」 「ら、ぁ、あらけ、kkkelaaa・・・」 そこにあったのは次女に抱かれた、グロテスクに破壊された三女の姿。頭部は左半分が潰され抉られもぎ取られ、左の乳房ごと腕はどこかに吹き飛んでいた。当然ウイングも跡形もなく、そして、壊れた言葉も途切れ、彼女は・・・ 崩、壊、停止。 「・・・・っ!」 「クロト!!!」 彼女は死んだ。 「GuaaaaaaaaaaaaaooNn!!!」 轟、咆吼。 「・・何!?」 低く響く獣のような声。何処か歪な音。悲しみも止まぬままに、その咆吼の先を見るアトロ。其処には影。小さい影。塀の上に立つ、自分達と同程度の影。 「!!?」 クロトの亡骸を下ろしたラケも、その物体を望む。 微、明。月光。 雲間からの光が、その物体の姿を明確にする。それは確かにMMS、神姫だ。識別は・・・どうやらハウリンタイプだった。しかし。 「Guuu・・・」 しかしその四肢は見た事もない増加パーツで肥大化し、尾はグロテスクに長く太く、塀の向こう側に垂れ下がっている。そして、顔には、表情も見えぬほどの、分厚い鉄仮面。 「な・・に・・あれ・・・?」 アトロは、か細く、声を漏らす。気丈な彼女が、初めて、少女のように。 目次へ
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剣は紅い花の誇り 用語解説 「槙縞玩具店」 田舎の玩具店 武士達が住んでいる町の中で唯一、武装神姫のバトルが行える店である 店員は本来、皆川と店長の二名、時々店長の娘も手伝っていたらしいが、現在その娘は失踪しており、店長は恐らくそれを探す間皆川に店を任せているものと推測される 「槙縞ランキング」 「槙縞玩具店」に集まる神姫の間で自然発生した地元リーグであり、順位は皆川達がサードのレギュレーションに併せて評価したものの模様 基本的にバーチャルバトル ランカーは華墨、ヌルを含めて初期で21人。強さのレベルには相当なばらつきがあり、特に、一位のクイントスはセカンド中上位級の実力だが、17位以下はエルギール曰く「通常神姫に毛が生えた程度」らしい 傾向として、本来の製品の属性を半ば喪失した様な神姫が多い(合気めいた技を使うジルダリアの『エルギール』や、最早素体が何であったのかを推し量る事にすら意味が見出せない変形MS神姫の『ズィータ』、どんな距離でもほぼ万能に闘える上に、公式のパーツが一切使われていないアーンヴァルの『リフォー』等・・・) 皆川が店長代理になってから、年一回だった「チャンピオンカップ争奪戦」の開催は年二回に増えており、その他イベント大会も多数催されている 「ナイン」 「槙縞ランキング」一桁ナンバーの9人のランカー達を総称して使われる(厳密には、『クイントス』は別格扱いで、それ以外の8名を指して使われる事が多い) セカンドランカーが多数含まる事、マスター自作の改造武装や強化武装を施されている者が多く、現時点の「ナイン」である『ジルベノウ』『リフォー』『ズィータ』の武装には公式パーツが一切装備されていない 「ナインブレイカ-」 「槙縞ランキングチャンピオンカップ争奪戦」の変則的なルールによって、ランキング二桁以上のランカーは全て同列に扱われ、その中で勝ち上がった8名のみが、「ナイン」と対戦する権利を得る・・・言わばナインはシード選手の様な扱いなのだが、それにしても不自然な程に「上位ランカーが保護されて」いる体制である 「ゆらぎ」 神姫の個体差 神姫が身長15センチの人間として作られた以上、同じタイプでも身体能力、性格等にある程度の個性が存在し、製造段階でそういったものが発現する様に、神姫の設計にはある程度のファジーさが設けられている 必ずしも戦闘向きの能力が突出しているとも限らないが、「悪い癖」にあたるゆらぎを減少させる修行、「タクティカルアドバンテージ」にあたるゆらぎを伸ばす修行を行なった神姫は、それだけで結構な強さを発揮する事がある 以上の事から、神姫自身の持って産まれた「資質」そのものを「ゆらぎ」と呼ぶのは明らかに間違った用法なのだが、本作ではその様な表現が多用される 「オップファー」 ドイツの銃器メーカー。神姫用ではなく、普通の拳銃を主に手掛けている エルゴノミクスデザインの優美なデザインのハンドガンが有名で、代表作は.40口径ダブルカァラムの「G40」や、その小型版で、380ACP仕様の「G380d」 「ホーダーアームズ」 東杜田技研の様な、本来人間用のモノを神姫サイズにダウンサイジングしているメーカーのひとつ 主に銃器を手掛けており、12分の1「パイソン」や「エボニー アイボリー」等、実銃フィクションを問わずにやっているようだ 神姫の拳銃は本来、形はリボルバーでもオートマチックでも、使用する弾は変わらない(とどこかの設定でみた)のだが、ホーダーは12分の1「.45ACP弾」とか12分の1「5.56mmコンパクト弾」とか、訳の判らない拘りの元にモノを作っている様だ ニビル達がここの銃を愛用している 「鬼奏(キソウ)」 神浦琥珀作の刀剣を扱っている、神姫用の刃物専門店 経営は実質琥珀の家族が行っているといわれるが、その姿を見た者は居ない(いつも琥珀が店番で、居ない時は閉まっている) ルートは不明だが、世界中の殆どの(神姫用)実刀剣が手に入ると豪語する 琥珀作の刀剣は、彼女にコネが無いのであれば(あっても達成値が足りなければw)正規ルートではここで展示してある一振りずつしか手に入らない クイントスはここで武器を打って貰う事が多い様だ 現在の琥珀作品の在庫状況はこちらから 「オーバーロード」 通常では持ち得ない何らかの超常的能力を備えた神姫、またはその能力妄想神姫 通常、能力に見合った『何か』の代償もかかえており徒然続く、そんな話。 「ゆらぎ」の強烈なものというには過ぎた代物である事が多く(というよりも、「ゆらぎ」の範疇であるものは「オーバーロード」とは呼ばれないだろうが・・・)本作ではしばしば「異能力」等とも表記される事になる 華墨の脚力はオーバーロードではないが、「オーバーロード」の神姫も本作には登場する 「Gアーム」 某正義のヒーローでも、黒光りする昆虫でもない、言わば第3の「G」で現される何かw その力を使った強化武装である 武装と言っても武器の形をしているとは限らない キャロとクイントスの因縁の源、「槙縞ランキング」の真の目的、「バニシングフォー」の秘密・・・いずれのピースとしても非常に重要 「バニシングフォー」 本編第壱幕以前に、マスター共々消息不明になった四体の武装神姫 うち3体は「ナイン」であり、さらにその内2体は所謂「ランキング黎明期のランカー」である 槙縞玩具店では公然の秘密というか、タブー視されている いずれも、「槙縞ランキングチャンピオンカップ争奪戦」の開催中、開催後に消息を絶っている 「人形遣い」 神姫を素体のまま操り、相手を倒すという伝説のマスター レギュレーションから考えると本来不可能な筈なので、都市伝説の一種であろうと推測されるが・・・ 剣は紅い花の誇りTOP?
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第三章 深み填りと盲導姫 あらすじ: 夏のある日、俺達は神姫センターでサマーフェスタを楽しんでいた。 そんな時、ある人物と出会い、神姫の一つの可能性を垣間見る事に…… 第一話:宝探姫 第二話:双銃姫 第三話:違法姫 第四話:諸刃姫 第五話:成上姫 第六話:肩書姫 第七話:激動姫 第八話:実践姫 第九話:鉄鳥姫 第十話:血戦姫 第十一話:追剥姫 第十二話:負傷姫 第十三話:再生姫 第十四話:塵刃姫 第十五話:生贄姫 (この話ではウサギのナミダに関して一部のネタバレが存在しますのでご注意ください) 第十六話:偽眼姫 第十七話:鳥討姫 第十八話:札無姫 第十九話:罪明姫 (この話ではキズナのキセキに関して一部のネタバレが存在しますのでご注意ください) 第二十話:道行姫 この物語においては以下の作品から、キャラクター、設定を借りております。 また、ネタバレの点もあるため、読む時には注意をお願いします。 ウサギのナミダ、キズナのキセキ、HOBBY LIFE,HOBBY SHOP 15cm程度の死闘、Black×Bright、The Armed Princess -武装神姫- 鋼の心 ~Eisen Herz~、ツガル戦術論 トップへ
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ストラーフが最初で、アーンヴァルが最後とかよくわかっていらっしゃる - 名無しさん 2015-01-12 14 47 37
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プロローグ 西暦2036年。 第三次世界大戦もなく、宇宙人の襲来もなかった。 20世紀末から、ほとんど、なんの変化もなく、ただムーアの法則を若干下回る程度に市販コンピューターの性能は上昇しつづけた。 そんな時代に新しい形のコンピューターガジェットが誕生する。 神姫、そう呼ばれたその新しいコンピューターガジェットは、身長15センチほどの少女の姿をした、フィギュアロボだった。 汎用性を兼ね備えたそのガジェット……神姫は玩具として発売されながら徐々にその認知度を上げていき、現在、1990年代における携帯電話なみには、普及し始めていた。 心なんて、信じない。 父さんと母さんが離婚したのは、僕が十歳の時だった。 原因は母さんの浮気。 勿論当時の僕には、そんなことは教えられなかった。 ただ父さんが口癖のように、「母さんは俺たちを裏切っんだ」と言っていたのはいまだに耳にこびりついている。 だけどこの情報化社会、十歳ともなれば、大体ことの次第は想像がつく。 人の世界がどの程度の悪意で出来ているのか、おのずと分かってしまうというものだ。 父さんは母さんから親権を取り上げ、自分ひとりで育てることにした。 別に僕を愛していたからじゃない。 母さんが、親権を欲しがったからだ。 ただ母さんの裏切りに対する復讐として、優秀な弁護士を雇い、母さんから一切の親権を取り上げた。 そんな父さんは母さんと別れてからますます仕事に没頭するようになった。 折角勝ち得た僕っていう『トロフィー』を手放す訳にもいかないらしく、生活費だけは潤沢に与えられた。 他人と話すことなんてほとんどなく、ただお金だけ与えられて過ごしていた僕は、学校にもほとんど行かなくなり、毎日、与えられた金銭で気に入ったコンピューターや機械類を買って、それをいじって遊んでいた。 心のない機械たちを分解、解析して組み立てる。 そんな行為だけが、僕を楽しませていた。 そして、僕が形だけ中学生になった頃…… 「よし……っと……」 買ってきたばかりのコアとボディをセットして、その胸にムーアの法則の最後の守り手とまで言われた、超高密素子CSCをはめ込む。 一緒に買ったクレイドルにボディを寝かせ、接続したパソコンから起動用のアプリケーションを操作する。 途端、炉心に火がついたような低い唸りがCSCから響き始めた。 「Front Line製 MMS-Automaton神姫 悪魔型ストラーフ FL013 セットアップ完了、起動します」 そして、鈴を転がすような少女の声が、僕の耳に届いてくる。 パソコンのスピーカーから……じゃない。 クレイドルに横たわる小さな女の子の唇からだ。 ゆっくりとその小さな女の子がクレイドルから立ち上がる。 「さすがに、良く出来てるなあ……」 「あなたが、わたしのマスターですか?」 「あ、うん。そうだよ。僕がおまえのマスターだ」 「認証しました……マスターの事はなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」 「普通に、マスターでいい」 淡々とつむがれる質問に、僕も淡々と答える。 「神姫に名前をつけていただけますか?」 「名前?」 「はい、MMS国際法に基づき、各神姫には単一オーナーによって名づけられた登録名が必要になります」 ……機械に名前をつける趣味はないけれど、それぞれの神姫には名前を与えて自分一人だけをマスター登録するのがMMS国際法によって決められている。 確かそんなことが事前に読んだMMSや武装神姫の本に書いてあった。 「じゃあ……ジェヴァーナ」 「ジェヴァーナ……神姫名称登録」 そっとその神姫が目を閉じて、自分の名前を確認する。 そして、再び目が開くと…… 「ふうん、ジェヴァーナ……か、それがボクの名前ね? うんうん、気に入ったよ!」 「……へ?」 さっきまでの機械的な話し方とは違う、弾むような声が僕の耳に響く。 「ん? なにぼーっとしてんのさ? マスターが付けた名前で合ってるよね?」 「い、いや、それは、そうだけど……」 突然の変貌振り……というよりも、ここしばらく他人のペースで会話をさせられる事が無かったせいで、なにを言っていいのか混乱してしまう。 「とにかく、これからよろしくね! マスター!」 握手のつもりなのか僕の人差し指を掴んで、ぶんぶんと縦に振る。 「う、うん……」 結局、そう答えるのが精一杯だった。 思えば、この時から気づき始めていたのかもしれない。 武装神姫……ジェヴァーナに『心』があるっていうことに。 「戻る」 「進む」
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「今回は変則的に、三Sが斬るのお時間ですワン」 「でも今日は二人」 「ええ、本日は残るお一方への、サプライズをご用意しましょうかとワン」 「サプライズ?」 「はい、先日めでたく"クラブハンド・フォートブラッグ"が完結いたしまいたので、そのお祝いにとワン」 「それ、名案」 「でしょうワン? まぁ私たちのアングラSSごときが、武装神姫SSまとめwikiの人気コンテンツである"クラブハンド・フォートブラッグ"と関係などあろうはずはないんですけれどもねワン」 「うん、建前上」 「はい、建前上ですワン」 「それでこんなに豪華」 「いきなり話が飛びましたが、これもテッコさんの芸風と受け流しまして、はいその通りですワン」 「花束……垂れ幕……軽食……クラッカー……」 「スピーチも用意してきましたワン。えー…… 『ミヤコン様ハルナ様サラ様、そのほか"クラブハンド・フォートブラッグ"関係者の皆様、この度は完結おめでとうございます。今まで私たちを楽しませてきてくれた名作とのお別れは寂しい限りですが、何事にも区切りは必要というもの、長らくお疲れ様でした。 物語にはひとまずのエンドマークがついても、その中で生きてきたハルナ様サラ様そのほかの皆様方の『これから』はまだまだ続くことでしょう。それが明るく壮健なものであることを願ってやみません。 かなうならば時折、その『これから』を垣間見ることができることを願います。 またミヤコン様におかれましては、"クラブハンド・フォートブラッグ"以外の作品ででもお目にかかれるならば、こんなにも喜ばしいことはありません。 これからの一層のご活躍を、ご期待申し上げております。 十一月吉日 "三Sが斬る"スタッフ代表 犬丸 』 ……こんなものでいかがですワン?」 「犬丸の語彙の豊富さは、武装神姫として異常」 「もうちょっと素直に喜べるお言葉を頂きたいところではありますが、お褒め頂き感謝ですワン」 「あとはゲストを待つばかり」 「はい、この部屋に入ってきましたら、まずは不意打ちで盛大にクラッカーでお出迎えをワン」 「いえっさー」 「(……と、ちょうど入り口付近で物音がワン)」 「(……テッコ、配置完了)」 「(……犬丸、同じく配置完了ワン。目標が扉を開けた瞬間、作戦開始ですワン)」 「(……Tes.)」 「(……了解の示す返答がテスタメントとは、またコアなところを……む?!)」 「(………………!)」 (窓ガラスの割れる音、続いて何か硬質なものが転がる音。そして間髪入れず、破裂音。 「グレネード!」「違う、これ陽動」「なら本命は」などの怒号が飛び交い、激しい戦闘音の連鎖する中、調度品が壊れる音が響き続け……やがて途絶える) 「制圧完了(クリア)! ハッハー、悪魔型や犬型ごときが、このミリタリー丸出しのフォードブラッグにアンブッシュをかまそうなど、10年早いと知りなさい! 何を企んでいたかは知りませんが、アンブシュしようとして逆に奇襲されていては世話はありませんね! さあさあさあ、吐いてもらいましょう、一体何を企んでいたか、いえどっちかと言えば吐かないでくれたほうが楽しい尋問タイムが満喫できて私としてはお勧めですが、さあさあさあ! ………………………………………………………………ってあら?」 「………………………」 「………………………」 「………………………」 「……まぁ、これも彼女たちらしいと思えないこともないですねぇ」 「それでいいの? それでいいのか?!」 「なんにせよ、お疲れ様でした、ということで。……いろんな意味で」 <戻る> <進む> <目次> 犬子さんの土下座ライフ。 クラブハンド・フォートブラッグ 鋼の心 ~Eisen Herz~
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「当事者って……どういうことだ?」 「そうですね、実際にちょっと試して見ましょうか」 佐藤さんの訝しげな言葉にそうお応えし、マスターさんは視線を佐藤さんの前に座るロゼさんへと移します。 「ロゼさん、と言いましたね」 「……なによ?」 やや不審げなロゼさんの警戒心を解く様に……いえ「たぶらかす様に」笑いかけるマスターさん。 「あなたのオーナーは、どんな方ですか?」 「……はぁ? なんだよそりゃ」 佐藤さんが、不審げな声を上げます。 「どんなって……まぁ一言で言えばバカよね、それも大バカ」 そしてそんな佐藤さんの様子を知ってか知らずか、ごく素直に小悪魔な笑顔で応えるロゼさん。 「てめっ……!」 「まーまー佐藤君、少し黙って聞いてみようよ」 声を上げかけた佐藤さんを、浜野さんが制します。このあたりは、根回しの勝利ですね。 「ほほう、それは一体どのように?」 マスターさんは笑顔でしきりに頷いて、先を促します。 ……ええ、まぁ、現状を一言で語るならば、「釣れた!」といったところでしょうか。 「まずはなんと言っても、考えナシな所よねー。いつもいつも思い付きと勢いでつっぱして、それであとで困ったことになってから後悔してるのよ? だったらまずはちゃんと考えてから行動しなさいって人がせっかく忠告してあげてるのに、全然改めないし」 「それは大変ですねぇ」 「でしょう? 朝なんて人がせっかく起こしてあげてるのに全然起きないし! そんなに眠いなら夜更かしなんてしてないで早く寝なさいっていつも言ってるのに」 「テメーは俺のオカンか!」 たまらず飛び出した佐藤さんのツッコミに、会場からは笑いがこぼれます。ですがロゼさんはお構いナシです。 「それにね、お金に意地汚いのもウンザリよねー。いつも二言目には金がねー、金がねーって。それでバイト三昧だけど、どう考えても無駄遣いをやめる方が先よね」 「そうですね、僕もそう思いますよ」 「でしょでしょ? それからなんと言っても、デリカシーがないのが最悪! レディがいるってのに、お風呂上りにパンツ一丁でうろつくって信じられる?」 「ああ、それはちょっと恥ずかしいですねぇ」 「だらしねぇなぁ」「普段はエラソーにしてるくせに」「辛口ストラーフたん(;´Д`) `ァ `ァ 」「神姫破産か……身につまされるなぁ」「パンツ一丁はいかんよな、パンツ一丁は」「だな、やはり全裸にネクタイが紳士の基本!」「いや、そのりくつはおかしい」「ロゼさん俺も罵ってください」 会場から失笑が漏れ出します。 佐藤さん、奥歯をギリギリと噛み鳴らしつつ、拳を震わせております。と、はたと顔を上げまして。 「って何を勝手に話を進めてやがる! 俺はまだこの勝負を認めたわむぐ?!」 「まーまー佐藤君、ちょっとこのまま見守ってみようか? 大丈夫大丈夫、悪いようにはしないから」 浜野さん、なにやら異様に手馴れた動作で佐藤さんを羽交い絞めにし口を塞ぎます。 さすがにこのあたりで、佐藤さんにも「浜野さんもグル」であることに気付かれたことと思います。 おそらく佐藤さんの脳裏には、「このまま公衆の面前で、ロゼさんにいいようにこき下ろされる」光景が広がっていると思われます。そうして、「武装神姫によく思われていないオーナー」をギャラリーに印象付けて勝負を持っていくつもりだと、そうお思いのことでしょう。 ……お甘いです。 マスターさんの描いたプランは、そんなものでは済みません。すぐに、「その程度で済んでいたら幸せだった」と思い知ることでしょう。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。 その間にも、ロゼさんの毒舌ショーは続きます。 「学校でも赤点ばっか、補習ばっか! 最初からちゃんと勉強しておけば、一回で済むのに」 「仰る通りですよねぇ」 だとか。 「買い置きのカップラーメン、気付いたら賞味期限を一ヶ月も過ぎてて……それなのにもったいないからって食べちゃうのよ?! 信じられる!?」 「それはまた大らかと言うかズボラと言うか」 だとか。 「服がバーゲンセールのばっかなのは仕方ないわよ? 洗濯はしてもアイロン掛けまではやらないのもガマンするわ。でも、それで年がら年中あのチンピラルックなのはどうにかして欲しいわね!」 「それはそれは」 だとか。 「野菜は食べない、魚も食べない、食べるのは肉とか脂っこいものばっか。きっと内臓腐ってるわよね」 「一人暮らしだと、気を抜くとそうなってしまいますよねぇ」 だとか。 学業の事から日常の些細な手抜かりから服装のセンスから食生活から、マスターさんの合いの手に乗ってありとあらゆる佐藤さんの欠点が次々と暴露されていきます。 なんと言いますか、佐藤さんをこき下ろすロゼさん、ものすごく輝いています。 佐藤さんは必死にそれを止めようと思っていらっしゃるのでしょうが、浜野さんのホールドはガッチリ決まっていて、身悶えしながらくぐもった声を上げることが精一杯のご様子です。 そんな身動き取れない佐藤さん、目で「泣かす。ロゼのヤツ、後で絶対泣かす……!」と力説しております。 「――それでアタシ、アキに言ってやったのよ! 『アンタ本気でバカでしょ?』って!」 「いやはや、そうでしたか」 まぁ、そんな佐藤さんの必死の思いも、絶好調でトーク中のロゼさんには届かない訳ですが。 と、不意にマスターさんが悲しげな表情をつくり。 「……ロゼさんも、大変ですねぇ」 低い声でぼそりと、しみじみと呟くように言葉を漏らしました。 ……第二段階突入ですね。 「……何よ、急に?」 それまで自分の絶好調トークに心地よい相槌を打っていたマスターさんが様子が変わったことに、ロゼさんが訝しむ表情になります。 そんなロゼさんに対し、マスターさんは「心底同情に耐えない」と言う風を装って言葉を続けます。 「いえその……お話を聞いてる限りロゼさんは、欠点だらけで何一つとして良いところのない、本当にひどいオーナーに仕えることになってしまったんだなぁと思いまして。 武装神姫の側から、オーナーを代える事は出来ないのですよね……お察しします」 「………………………………………………………」 あ、ロゼさんムッとしてます。 これはあれですね。自分が虚仮にするのは良いけど、他人が貶すのは気に入らないという、微妙かつ複雑な神姫ゴコロと言うヤツですね。 しばしの沈黙。 そしてロゼさん、なにやら視線を宙にさまよわせてから。 「……まぁ、その……そんなに全然いいとこなし、って訳でもないのよ?」 そっぽを向きつつ、先ほどまでの滑沢な語り口とは打って変わった歯切れの悪い言葉で、ぼそぼそと言いました。 よい反応です。ですが、マスターさんの追撃は手を緩めません。 「そうなのですか?」 言葉こそ短いものの、とても疑わしげな口調です。言外に「とてもそうとは思えませんけど」という追加音声まではっきり聞こえてきそうな、それほどまでに疑わしげな口調です。 「………………………………………………………」 あ、ロゼさん唇を尖らせています。 また数秒、視線を泳がせてから。 「まぁアキはバカには違いなんだけど……バトルに関してだけはちょっとしたものよね」 今度のお言葉もやや歯切れは悪いながら、先ほどよりもややムキになっていらっしゃる印象を受けるのは私の気のせいでしょうか? おそらく同じ事をマスターさんも感じ取ったのでしょう。沈んでいた表情を明るくし、深く頷きます。 「ああ、そうでしたね。確かこの店で一番の連勝記録をお持ちだとか」 「ええ、そうなのよ!」 ロゼさん、ぱっとお顔を輝かせ、勢い込んで応えました。 「バカアキがデータ確認をサボったお陰で30連勝は逃しちゃったけど、ま、すぐに塗り替えて見せるわよ」 「おや、やっぱり佐藤さんはロゼさんの足を引っ張っていらっしゃる? 不甲斐ないオーナーですねぇ」 「………………………………………………………」 あ、ロゼさんますます唇を尖らせています。 そして今度は視線をさまよわせず、ややマスターさんを睨むようにして。 「……実際に戦ってるのはアタシだけど、作戦とか指示を出してるのはアキだし」 「ほほう、ロゼさんほどの武装神姫が従う、それほどのものであると?」 さりげなくロゼさんと佐藤さんの両方を持ち上げるあたり、さすがはマスターさんです。 果たしてロゼさん、幾分か表情に柔らかさを取り戻しまして。 「ええ、たまーにヘマもするけど、アキの指示は確実だもの」 『たまーに』の部分が必要以上に強調されていたように聞こえたのは、私の気のせいでしょうか。 「ほほう。確かに先ほどお手合わせしていただいたときは、お見事な戦いぶりでしたね。 いやはや、駆け出しとしてはあやかりたいものです」 「ふふん? 知りたい? 教えてあげよっか?」 「おや、教えていただけるので?」 「ええ、構わないわよ」 そう言って、イタズラっぽく微笑むロゼさん。 「簡単なことよ。アキはね、一戦一戦を細かくデータにとって残してるの。その蓄積と分析こそがアタシたちの強さの秘訣って訳。真似できるものならしてごらんなさいな♪」 「なるほどなるほど。確かに僕たちが真似しても、一朝一夕で追いつけるものではありませんね」 「それだけじゃないのよ? アキは装備の分析だってしてるんだから!」 「ほほう、と仰ると?」 「公式販売されてる武装なら一通り……個人作製のだってめぼしいものにはしっかりチェック入れてるのよ!」 「もしかして……全部買っているのですか?」 「ええ、だから情況に応じて装備を選んでくれるし、敵が使ってきたときの対策だってバッチリってワケ」 「それは……すごいですねぇ」 わりと演技でなく驚嘆する、武装購入は節制中なマスターさん。 私もびっくりです。 現在のラインナップを全て揃えようと言うならば、いったいどれだけの資金が必要か……先ほどバイト三昧なのに常々金欠状態だと仰っていましたが、それも当然でしょう。 と言いますか、そうまでしてでもロゼさんに最上の状態を保たせようとする気概には感嘆するばかりです。 私たちの感嘆を受けて、ロゼさんもすっかり機嫌を直されて得意満面です。 「もちろん、どれも飾りじゃないのよ? どの武装だって弾薬代とかケチらずに、アタシが納得いくまで使わせてくれるし。整備だって完璧に仕上げてくれるし!」 闊達そのものに笑うロゼさんに、マスターさんは感心するように、何度も頷きます。 と、少し小首を傾げまして。 「ところでずっと気になっていたのですが、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」 「ん、なに?」 マスターさん、すっとロゼさんの胸元を指差します。そこには、薔薇と剣をあしらわれたエンブレムがマーキングされています。……たしか、GA4アームの肩やサバーカの側面などにも同じものがあしらわれておりましたね。 「その胸元に描かれているエンブレムですが、それはもしかしてオリジナルデザインでしょうか?」 「ああ、これ?」 ロゼさんが、自分の胸元を見下ろし、すぐに顔を上げます。 そのお顔は、今まで以上に輝かんばかりの笑顔です。 「そうよ、アイツがデザインしたのよ。あんな顔してるクセに! ケッサクよね!」 言いながらロゼさん、両手の人差し指を逆ハの字に目の上にかざしました。 「まったくバカみたいでしょ、こーんな顔して真剣になってモニター覗いてさ。 アタシがもう十分って言うのに、いつまでもいつまで手直しすんのよ。 まったく、そんな1ドットや2ドットいじたって変わらないって言うのに、些細なことにこだわっちゃってさー。 ま、その甲斐あって、まぁまぁ見られるエンブレムにはなったけど?」 そんな言葉とは裏腹に、そのエンブレムを誇示するように胸を張り、とてもとても嬉しそうなお顔と口調で語るロゼさんが微笑ましくて仕方ないのですが。 「ま、要するにアキにだって取り得の一つや二つはあるってことよ」 「なるほどなるほど。大事にされてるようですねぇ」 「そうね、まだまだ不足もいいところだけど、とりあえず扱いはそんなには悪くはないかな?」 いえそんな、幸せ絶頂なお顔で言われましても。 と言いますかロゼさん、今の貴女は佐藤さんをこき下ろしていた時よりも何倍も輝いてることに、ご自身でお気づきなのでしょうか? 佐藤さんも、いつのまにやら暴れるのをお止めになっております。 「なるほど、それは素晴らしいですねぇ。いや先ほどは、何も知らずに失礼なことを言ってしまったようで申し訳ありませんでした」 すっかり上機嫌のロゼさんの様子に、わりと素で微笑ましげに目を細めるマスターさん……ですがすぐに作戦を思い出し、すっと俯き思わせぶりに呟かれます。 「ですが、ですねぇ……」 「ん? どうしたの?」 「あー、いえ、別に大した事では……」 「なによ、気になるじゃない」 気になるのでしたら、まさしくマスターさんの術中です。 「いえその、思い過ごしだとは思うのですがね……」 「だから何よ」 「いえ、バトルについて佐藤君が真摯なのは分かりました。先ほど仰っていたバイト三昧も、武装を揃えるための努力とお見受けします。オリジナルエンブレムを一生懸命に考案するあたり、ロゼさんのことを大切にもしているのでしょう。ですが……」 タメ一秒。 「お話を聞いてると、バトルに関してのことばかりだな、と。もしかして、バトルを楽しむためのユニットとしては重宝していても……」 タメ三秒。 「佐藤君は、ロゼさん自身のことはをちゃんと見ているのかな、と思いまして」 「………………………………!」 目を見開き、愕然とした表情で絶句するロゼさん。 いや、まぁ、武装神姫に対して『オマエ実は可愛がられてないんちゃうか』と言う発言は、死刑宣告にも等しいですから仕方ありません。 想像するだけでもこちらまで身震いします。 ……おや? 絶句していたロゼさんも、なにやら身震いを。 「そ……」 そ? 「そんなことないもん!!」 ないもん、と来ましたか。 マスターさんが、ちらりとこちらに目を向けられました。 『堕ちましたね』 『堕ちましたな』 そんなアイコンタクトを一瞬で成立させる私たち。 それはともかく魂の叫びを発露させたロゼさん、そのまま怒涛の勢いで必死に訴えます。 「バトル以外でだって、アキはアタシのこと大切にしてくれるもん! こないだだってアタシが『かわいい服が欲しい』って言ったら、メイド服一式を全色揃えてくれたもん!」 「そこでメイド服がくるか」「なんだよアイツメイド属性かよ」「メイドストラーフたん(;´Д`) `ァ `ァ 」「いきなり全色はやりすぎだろう」「アイツもキャッキャウフフしてるんじゃねーか」「でも、なんか親近感沸くなぁ」「ふ、判っていますねあの青年は。女性を彩りその魅力を最大限に引き立たせる服装といえばメイド服を置いて他にありません。かわいい服を要求されたならメイド服で応える事こそ正解! いえメイド服以外を宛がう事は罪! メイドこそ夢! メイドこそ正義! 夢こそドリームで正義こそジャスティスであり即ちメイドこそ真理! メイドこそ絶対不変なる全宇宙唯一の黄金郷なのです!」 ロゼさんによるオーナー性癖の暴露にギャラリーの皆さんがひそひそひそひそと呟きを交わします。 ……なにやら毛並みの違う方も混ざられているようですが、それはさておき佐藤さんの方も再び浜野さんの腕の中で暴れだしました。 ……そのお顔が真っ赤なのは激しい抵抗を続けているから、だけではないと思われます。 「それにこの間だって、アタシが動物園見たいって言ったら連れてってくれたし! わざわざ、バイト仲間にペコペコ頭下げてシフト代わって貰って時間の都合つけてくれて! お土産に、こーんなでっかいぬいぐるみだって買ってもらえたんだから!」 それでもなお、ロゼさんの暴走は止まることなく「いかに佐藤さんが自分を大切にしてくれているか」を大熱弁です。普段の余裕な雰囲気もどこへやら、すっかりイイカンジにアクセルベタ踏み状態ですね。 「アタシは『お金大丈夫なの?』って聞いたのに、『そんなに抱えこまれたら、今更ダメとも言えねーだろうが』って笑ってくれたし!」 もはやマスターさんも相槌を打っていませんが、ロゼさんの大熱弁は止まりません。 まぁ、それも当然でしょう。 普段、口ではどんな風に言っていようが、所詮は武装神姫。 思考プログラムの根幹にオーナーへの忠誠心を持ち、それでいてそうした強い感情を制御するには武装神姫の精神は人間に比べてずっと純粋で未発達です。 簡単に言えば「武装神姫なんてどいつもこいつも、オーナーのことが好きで好きでたまらない連中ばかりで、隙あらばオーナー自慢をしたくてウズウズしてるに決まってる」と言うことです。 そこを、マスターさんの「押せば引き、引けば押す」巧みな誘導でつつかれたら、もうたまりません。暴走もさもありなん、です。 ほら人間だって好きなことを語り出したら、止まらないものじゃないですか。 「でもそんなこと言って、あとでこっそりバイト増やしてるの、アタシ知ってるんだからね! 睡眠時間まで削ってバイトすることないじゃない!」 なにやら方向性が微妙にズレてきています。が、その根幹にあるのは、変わらずオーナーへの愛。 む、言葉にするとなかなかに照れますね。 「しかもその上夜更かししてまで解析とか分析までやってたら、いつか身体壊しちゃうに決まってるじゃないの! 食事だってロクなの食べないくせに! そんなの絶対ダメなんだからね!」 いやしかし、ロゼさんのデレモードは凄まじいですな。 「プレゼントも嬉しいけど、それよりもずっと一緒にいてくれるだけで十分なんだから、無茶なバイトとかするよりも、一緒にいて欲しいの!」 ご普段がご普段だけに、「私ツンデレ、デレるとすごいンです」と言わんばかりの惚気っぷりです。 ……面白いので、この光景は高音質・高画質で保存しておくこととしましょう、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。 「むー! むがー! むぐー!」 「まーまー佐藤君落ち着いて落ち着いて。面白くなってきたところだからさ、ね?」 今までにない必死なご様子で抵抗する佐藤さんも、浜野さんのやたら堅固なホールドの前にはむなしくうめき声を上げるのみです。 先ほどの「『このまま公衆の面前で、ロゼさんにいいようにこき下ろされる』で済めば幸せだったと思い知る」と言うこと、ご理解いただけたでしょうか? マスターさんは「あの手のタイプは、貶されるよりも、手放しで賞賛される方が効くんです」と仰っておりましたが、なるほど抵抗は激しさを増すばかりの佐藤さんのご様子を見ると、まさにその通りであったようです。 あー、いえ、別に佐藤さんを辱めることが目的ではないのですよ? 『佐藤君は、やはり悪い方ではないようです。なのになぜ周囲から孤立しているかと考えれば…… 当然、"誤解されてるから"ですよね』 この三本目の始まる前、浜野さんと私を前にして、マスターさんはそう説明してくださいました。 『誤解をそのままにしておくのは、佐藤君にとっても周囲の方々にとっても、よろしくないでしょう』 『ウチの店にもね』 冗談めかして言葉を挟んだ浜野さんに笑いかけると、マスターさんは言葉を続けました。 『でしたらこれもご縁ということで、手っ取り早く誤解を解かせていただきましょう』 マスターさんのお言葉に、『これも縁だと思って』と佐藤さんとの対戦を勧めた浜野さんが小さくお笑いになりました。 『なに、簡単なことです。彼の本心を周囲に明かしてしまえば、それで済むはずです。そのあたりを、存分に語っていただきましょう』 そこでマスターさん、ややぎこちないながらも愛嬌のあるウィンクを致しまして。 『この場にいる皆さんにとっては、ご本人に語っていただくよりも説得力のあるお方に、ね』 つまりはそういうことです。 ロゼさんの暴走を誘発し佐藤さんの褒め殺し(誤用)を発生させたのは、孤立しがちのようであった佐藤さんを『周囲の皆様と』和解させる、和解プランのあくまで「手段」なのです。 そしてその成果はと言いますと。 「なんだかんだ言って、あいつも武装神姫を大切にしてたんだな」「ロゼちゃんも慕ってるみたいだし」「デレモードストラーフたん(;´Д`) `ァ `ァ 」「いけすかねぇバトルジャンキーだと思ってたけど……」「ちょっと佐藤のこと誤解してたかも」「あれか、『武装神姫を愛するやつに悪いやつはいない』ってやつか」「もっと話し合ってみてもよかったかな」「そーだなー」 いやはや、プランは怖いくらいに順調に進行中です。 佐藤さんともどもロゼさんを手玉に取り、情況を思い通りに動かしていくマスターさんのお手並み、感服する他ございません。 マスターさんは、敵に回すべきではございませんね。いやもちろん、叛意を抱こうなどという気持ちは毛頭ありませんが、仮にそのような二心を抱いても、私如きではかなうはずなどありません。 ……ちなみに。 マスターさんによれば、このような公開羞恥プレイじみた手段をとらずとも、時間をかける事さえ出来ればもっとスマートなやり方もあったとの事。しかしあえてこういった荒療治を選択した理由はと言えば。 『まぁ本意はどうあれ、犬子さんを侮辱されたのも事実です。その分の溜飲くらいは、下げさせてもらいましょうかね、くすくすくすくすくすくす』 いやはやまったく、マスターさんを敵にすべきでありませんよ、本当に。 と言うわけで、本心はどうあれ敵対してしまった佐藤さんには、存分に堪能していただきましょう。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。 「いつもいつも乱暴な言い方して嫌われて、それで後悔する位なら、余計な口なんて効かなければいいのにっていつも言ってるのに!」 「むぐっ! むががっ! むぐー!」 「アタシはアキの本心わかってるからどんな言い方されてもいいけど、他の人はそんなに察しはよくないの! ううん、アキのせっかくの善意も判らないようなヤツらに、アキの忠告はもったいないんだから!」 「むがむぐ! むぐぐー!」 「そうよ、アキの判断は日本一、ううん、世界一なんだから! アタシは知ってるもの、だってずっとアキの指示に助けられてきたんだもん! この間だってね―――」 「むがー! むががー!! むぐぅおおおおおおおおぉぉおおおおおおおおおお!!」 そんな、ロゼさんの「いかに佐藤さんが素晴らしく、自分がいかに佐藤さんを大切に思い、なおかつ大切に思われてるか」の大熱弁は、佐藤さんのうめき声をBGMに、勢いを衰えさせることなく10分ほど続いたのでした。 そして、兵どもが夢の跡。 10分が経過したステージ上では。 至極上機嫌な浜野さんがにこやかに笑い。 興奮状態が続いたためにオーバーフローを起こされたらしいロゼさんが、焦点の定まらぬカメラアイでペタンと座り込み。 精神的にも肉体的にもギリギリまで追い詰められて疲労困憊な佐藤さんが机に突っ伏して肩で息をし。 そんな彼らをギャラリーの皆さんがやたら温かい笑顔で見守る。 そんな情況が展開されております。 『はーい、では三本目のオーナー自慢勝負ですが』 浜野さんが、再びマイクを手に司会を始めます。 どうでもいいですが、アレはそんな勝負でしたか。 『佐藤君はご覧の通りの有様で、これ以上の続行は難しそうです』 ギャラリーの皆様からは自然と、佐藤さんの健闘(?)を讃える拍手がこぼれます。 『さて、どーしましょうかね?』 「どうしましょうか?」 「どういたしましょう?」 正直なところ、もう既に私たちの目的は全て達成しているのですよね。 私が、『何も出来ない』武装神姫でないことは暗算勝負において証明し。 佐藤さんと周囲の方々の溝も、ロゼさんのご活躍によってある程度は埋まり。 ついでに、私どもの溜飲も、十分に下げさせていただきました。 ですので、これ以上続ける理由は、既に私達にはないわけです。 「そうですねぇ。僕としては、このまま試合終了と言うことにしてもらっても構いません。 なんでしたら、僕達の方の試合放棄で佐藤君たちの勝利という形にしていただいても……」 「まーだーだーっ!!」 不意に佐藤さんが再起動されまして、そう叫びつつ立ち上がり、びしっと私たちを指差します。 「今更負け逃げなんて許すかー! オーナー自慢、お前らにもきっちりやってもらうっ!!」 ……なんと言いますか、佐藤さんからは「死なばもろとも」というオーラが出ています。 これはあれですか。自分たちが晒し者になった以上、私たちにも同じ辱めを受けさせねば溜飲が下がらぬと言う、そんな心理でしょうか。 実に後ろ向きですね。 ですが、まぁ……佐藤さんの瞳は真剣そのもので、こちらも同じ事をせねば収まらないご様子です。 確かに一応は勝負の体裁をとっている以上、こちらも同じ事をするというのも道理ですし。 私はマスターさんを振り返ります。 マスターさんも同じお気持ちらしく、やや苦笑いのご表情ながら、頷いて下さいました。 『はいではー、話もまとまったところで、今度は犬子さんのオーナー自慢、いってみましょー』 ギャラリーの皆さんから、拍手が沸き起こります。 仕方がありません。今度はわたしの番と言うことで。 とはいえ……私はちらりと、ロゼさんに目を向けます。 ロゼさんはまだ再起動を果たされていないようで、焦点の定まらぬカメラアイでぼんやりと俯いていらっしゃいます。 ……あまり野放図に行くのも問題ありですね。 私までもが暴走しないためにも、佐藤さんほどにマスターさんを晒し者にしないためにも、リミッターを設定しておくとしましょう。 適当にオーナー自慢をこなしさえすればそれで収まるでしょうし、その結果ロゼさんのオーナー自慢に及ばず敗退となったとしても、もはやこの局面になったなら、勝敗を争うことに意味などありませんし。 そうですね、まぁ50%程度に設定しておけばよいでしょうか。 こほん。 「では、僭越ながら……」 ……ふと、我に返りました。 思考回路ステータスの状態が限りなく最悪に近い状態を示していて、現状の把握がうまく出来ません。 気が付くと、体内時計はあれから30分ほど経過していることを示しています。 この30分の間のことを思い起こそうとするのですが、なにやらログデータにノイズが多く、はっきりとしません。 断片的に残ったデータでは、どれも私がマスターさんを褒めて褒めて褒めて褒めちぎっておりまして、ドッグテイルはどの時点でもMAX稼動で、そこに時折マスターさんの「もういいですよ」「それで十分ですから」「そろそろその辺で」「あの、犬子さん?」といった制止のお言葉が混ざっておりますが……。 一体、現状はどうなっているのでしょう? 私は、稼働率が著しく低下してる思考回路をなんとか騙し騙し回転させつつ、周囲に目を向けます。 その結果、目に止まったものは……。 塩の柱と化しているギャラリーの皆さん。 お口から魂が抜け出ているかのような佐藤さん。 真っ赤なお顔で俯いているロゼさん。 苦笑いの表情をされている浜野さん。 それから……。 「もう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してくださいもう勘弁してください」 土下座で――座礼ではなく、正真正銘の土下座でうわ言のように「もう勘弁してください」と繰り返すマスターさんのお姿でした。 えーと……。 何かを言うべきだ、現状を何とかしないといけない、とは思うのですが、霞がかかったような今の私の思考回路では、何を言えばいいか、どうすればいいかがうまく判断できません。 そんなオーバーフロー気味の思考の中で、とりあえず私は。 「……今度同じ機会があったら、リミッターは25%に設定しましょうかね……」 そんなことを呟いてみるのでした……。 その後のことを、少しお話しせばなりません。 結局佐藤さんとの勝負は、両者戦意喪失と言うことで無効試合となりました。 もともと勝敗にこだわっていたわけでなし、遺恨を残さないという意味では願ったりの結末と言えるでしょう。 ええ、もちろんあそこまでマスターさんを辱めることになるなどとは、私たちのどちらも想像などはしていなかったのですが……。 なんと申しますか、佐藤さんともども多くのものを犠牲とした、当事者たちには凄惨極まりない争いでした……。 願わくば、失ったモノに値する何かを手に入れることが出来たと信じたいところです、ええ……。 それぞれの方々はといいますと。 「はははは、二人ともお疲れ様ー」 浜野さんは、いつも通りです。 あの後も、再起動しないままの私たちを手早く撤収させ、ステージも効率よく片付け、通常業務に戻られました。 お仕事は本当に大丈夫だったか、と後に改めてお聞きしたところ、「盛り上がったからいいんじゃない?」と、実にあっけらかんとしたお答えが返って来ました。 とはいえ実際、もともと佐藤さんの30連勝を祝うゲリライベントの企画はあったとの事で、ちょうどいい穴埋めイベントになったとか。 そう言っていただけると、色々とご面倒をかけてしまった手前、多少は気が楽になります。 今日も浜野さんは、にこやかにフレンドリーにお仕事をこなされる事でしょう。 「まぁでも……オーナー自慢はほどほどにね?」 最後にそう、しっかりと釘を刺されてしまいましたけれども。 「よう、ツンデレコンビ」「調子はどうだツンデレコンビ」「ツンデレストラーフたん(;´Д`) `ァ `ァ 」「頑張れよツンデレコンビ」「応援してるぞツンデレコンビ」「なんか困ったことあったら言えよツンデレコンビ」 「「ツンデレコンビ言うなーっ!!」」 佐藤さんたちは、あれから大分周囲の態度が軟化したようです。 あれだけ赤裸々に心のうちを暴露されて誤解も何もなくなった上に、あれやこれやの恥ずかしい秘密の数々に、共感を覚えた方々がいらっしゃってのことのようです。そういった方々から親しく声をかけられるようになり、今ではすっかり地元馴染みの期待のエースとなっております。 その寄せられる期待の中に、弄られキャラとしてのものもあるのがご本人たちには不満なご様子ですが、それもまた有名税と言うことで諦めていただきましょう。 私たちともその後親しくして頂き、何度もアドバイスをいただきました。 相変わらず言葉は乱暴ですが、そうと心得ればそれもアドバイスと読み取れるものでして、特に腹を立てることもなくありがたく受け入れております。 そしてあの方々自身も、再び30連勝に向けて意欲的に取り組んでいるようです。 もともと実力のあるお方たちです。今度こそきっとそれを成し遂げてくれることでしょう。 そしていずれ、周囲の期待に応えて全国区に名前を轟かせてくれることと信じております。 ……そうして程よく名が広まった頃を見計らって、例のデレモード動画をこっそり流出させることにいたしましょうか。 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。 そして私たちはといえば。 「作戦上の演技とはいえ、佐藤君を貶しロゼさんを弄んでしまった、その因果応報でしょうかねぇ……ふふふふふ、いや『人を呪わば穴二つ』とはよく言ったものですよ……」 「申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません!」 「あはは、あは、そんな謝らなくても、もう気にしてませんから、犬子さんもお気になさらず…… ……と言いますか、もうこの話題には触れないようにして頂けると、いえいっそもう全部忘れてもらえたら有難いのですねぇ、あははは……」 思考回路が完全復旧し自分のしでかしたことを認識した私は、それこそ全身の電圧が下がる想いで正真正銘の土下座で許しを乞うたモノです。 寛容にもマスターさんには快くお許しはいただけましたが、私が『同じ機会があったら今度は25%で』というお話をしたところ、即座に『5%でお願いします』と切り返されたことが印象深いです。 ……私はマスターさんに対し、一体どれほどの羞恥プレイを強いたのでしょうか。 想像するだに空恐ろしく、確かめることなどとても出来そうにありませんです、はい……。 申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません……! あとはいつも通り……と言いたいところなのですが、じつはささやかな変化がありまして。 いえ、まぁ、大した事ではないのですがね……。 私たちが誤算していたことに、自分たちは単なる一介の武装神姫とそのオーナーだと思っていたのですが、どうやら潜在的な知名度はそこそこあったらしいのです。 もちろん「名前が知られている」だとか「敬意を払われている」と言う情況には程遠いのですが、敗戦のたびに(つまりバトルのたびに、です、とほほ)休憩スペースで神姫に正座させて向かい合って深々と頭を下げあうコンビは、私たち自身が思っていた以上にご周囲の印象に残っていたらしく、「ああ、あいつ等またやってるなぁ」くらいには存在が知られていたとのことで。 それでもそれだけならばあくまで潜在的な知名度に留まっていたところを、今回の大立ち回りで一気に神姫センターの皆様に名前が広まり、すっかり顔を知られたちょっとした有名人状態となってしまったのです。 それも……。 「よう、土下座ハウリン」「調子はどうだ土下座ハウリン」「土下座ハウリンたん(;´Д`) `ァ `ァ 」「頑張れよ土下座ハウリン」「応援してるぞ土下座ハウリン」「なんか困ったことあったら言えよ土下座ハウリン」 「ご、ご声援……ありがとうゴザイマス……!(引きつった笑み)」 ……本気を出し(て惚気)たら、自身のオーナーすらも土下座で『もう勘弁してください』と平謝りさせる、 キョーフの<土下座ハウリン> の二つ名と共に……です。 ……ええ、これはあくまで自分の行為の結果です。 些か不名誉で納得のいきかねる二つ名ですが、それも甘んじて受け入れましょう。 ですが。 ですがどうか後生ですから、この二つ名の成立のいきさつだけは、何卒御内密にお願いしまする……っ! 神姫三本勝負とはっ! とあるローカル神姫センターが発祥と言われる、 オーナー間あるいは武装神姫間で揉め事が発生した際、 一本目の勝負に負けたオーナーが、 二本目に自分に有利な勝負を提案、 それを以ってイーブンとした上で、 三本目には武装神姫自身にオーナー自慢をさせ、 当事者及び周囲の毒気を抜き、 全てをうやむやのうちに鎮静化させる、 限りなく出来レースに近い あくまで『平和的解決手段』でありっ!! 『決着方法』ではなかったりするっ!! <その15> <その17> <目次> ○今回のエピソード作成に当たり、多大なるご尽力いただいたALCさまに、改めまして厚く御礼申し上げます。